2010.12月2日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ
 今朝、幼稚園付近で見た6時ごろの気温は、2℃でした。点けたテレビの天気予報では、本日の東京の最低気温を7℃と言っています。誤報ではないのですが東京も広いと言うことです。どうも気象観測地からマイナス2~5℃ぐらいしたものが、この辺の気温になるようです。
 以前に、JR立川駅周辺より5℃も低いとお客様にご指摘頂いた時には、そんなに差が無いだろう、そんなに辺境扱いしないでとばかりに『この辺は、その昔、飛行場があったぐらいですから、ほとんど平らな地形、その為に、風の通りもいいので寒く感じるんですよ』と苦し紛れの説明をしたことを思い出しました。
いよいよ師走に入り、慌ただしさが増してきますね。皆様、いかがお過ごしですか?

≪必要とされて育つ≫
 子どもたちの元気な♪かきねの、かきねの、まがりかど、焚き火だ、焚き火だ落葉焚き・・・の歌声が聞こえています。また、落葉焚きの歌を追うように、他のクラスからは、♪ジングルベル、ジングルベル、鈴がなる・・・が聞こえています。焚き火からジングルベルへ歌のバトンタッチも行われているようですね。
 毎朝、園庭は、地面が見えなくなるくらいたくさんの落葉で覆われています。
落葉をお友だちみんなで、ほうきや小さな熊手で集め、お掃除のお仕事をしています。
最初は、落ち葉を集める時の道具である熊手の珍しさや使い方の面白さで掃除のお仕事をし始めてくれるのです。一区切りついて『みんな、ありがとう、お陰ですごくきれいになったよ!!』と言うと目がキラキラ輝いています。みんなで一所懸命に落葉を集めているのですが、落ち葉の量が多くて終わりません。そこで、まわりで見ていたお友だちに『一緒にお手伝いしてくれるかな?』と言うと『うん』と言ってすぐ手伝ってくれました。やってみたかったのか?そのお友だちの目もキラキラ輝いています。周りを見渡すと。お友だちみんなが、満足気な表情をしているのです。
まさしく、“人に役立っていること”を実感している状態なのです。
子どもたちのこういう状態の時こそ、子どもの心が安定している状態の時なのです。そして、安定した心からこそ、本当に物事に取り組む“意欲”が生まれてきます。
 世の中のあらゆる面で、どのようにやるかを伝えて、教えて、指導するスタイルの教育が目立ちますが、子ども自らが興味を持って取り組む中で、任せてみる、すると、任された自信と誇りで自ら行動する子になっていくと言う教育の視点も大切にしてほしいと思っています。

≪泣いて育つ≫
 ある日、あるクラスのお友だちが、保育時間中にトイレに行ったのですが、中々帰ってきません。担任が園庭を見ると楽しそうに他のクラスのお友だちと遊んでいます。その後、『今、何の時間ですか?』担任は、みんながその子の帰りを待っていた事を伝え、しかられていました。そして、反省の時間として、お部屋の外で立っているということがありました。その時のその子どものあやまりの言葉です。
 最初は、泣きながら『ゴメンナサイ』『ゴメンナサイ』と言い、次は『もう、しません』、やがて『もう、勝手にお外ではあそばない』になり、最後に『もう、悪いことはしません』となってきたのです。
 最初、“ゴメンナサイ”と言って終わるところが、以前にも数回あったらしく、今回、廊下に立たされたことにより、だんだんとやったことの意味が分かり、何故しかられているのか?その原因、自分の行なった、いけない行動を具体的に言えるようになってきていました。私は、子どもの状況は確かに泣いている状態でしたが、その子の心の成長を見た思いがしました。まさしく、“泣いて育つ”と言うことですね。

≪ポニーの効用≫
 先日、“ポニーと子ども全国フォーラム”というシンポジウムがありました。
ポニーと子どもたちの育ちという観点から意見交換会が行われました。大別して、ポニー牧場を運営されている方々、地域でポニー乗馬教室等を開催し教育的目的でポニーを飼っている方々、ポニーを飼育している小学校・幼稚園、加えて獣医師、飼育関係者等々が参加メンバーです。ちなみに、現在、私の知る限り全国でポニーを飼育している幼稚園は、札幌、東大阪、葛飾区、中野区、そして当園というところです。
 シンポジウムでは、アニマルセラピー、癒し、発達障害への療法、飼育での協同作業体験、動物愛護精神の育成等々、いろいろな観点から発表があり、様々な教育的効果が示されていました。
そして、私も幼児期におけるポニーとの係わり合いについてお話させて頂きました。現在、ポニーのはるちゃん乗馬やラッキーと触れ合いながら、馬の絵を描いたり、馬の歌を歌ったり、折り紙で馬を折ったり等々、活動は展開されています。細かくはいろいろありますが、単純にポニーの良いところは、犬や猫とちがって乗れること、そして、子どもたちより大きな存在であるポニーと仲良くなることで、安心感や征服感、自信が持てることだと思います。さらに、お友だちがこれから生きていく上で大切なことである“自分の思い通りにならない存在”を知ること、つまり、スイッチを入れたり、キーを押してまったく通用しない世界があることを体験してほしいのです。
ニンジンを出せば食べ、なんでも言うことを聞くようだけれども、ポニーにも気分があります。おとなしいのですが動物ですので先が読めないところもあるのです。そこにポニーとの付き合い方が出来てくるのです。
仕様書無き教材ポニー、子どもたちの育ちに貢献できる道具になれたら幸いです。

 突然ですが、先日、文部科学省から連絡があり、国際機関OECD(経済協力開発機構)の選ぶ、学校施設の好事例として、ふじようちえんが選ばれたとのお話を頂きました。それもなんと!! 世界中の学校施設の中で最多得票で選ばれたと言うことです。詳しくは、ホームページのブログでご覧下さい。


○ふじようちえんの学校施設が選出されたことに係る発表資料は下記のURLを御参照願います。

国立教育政策研究所 報道発表資料
URL http://www.nier.go.jp/03_laboratory/houdou_pdf/houdou_221105.pdf

OECD/CELE 発表資料
URL http://www.oecd.org/document/62/0,3343,en_2649_35961311
_36264702_1_1_1_1,00.html

園長だより vol 89 (2010.12.2)
by 園長 加藤積一 | 2010年12月1日 18:21 | 園長だより

2010.11月5日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 空は深く澄み、園庭のみかんも黄色く熟してきました。秋の深まりを感じます。
幼稚園の正門から見える富士山も、白いお化粧をし始めていました。その富士山、調べてみると雪で覆われた頂上は、現在マイナス13℃とのこと。冬がもう来ています。
皆様、いかがお過ごしですか?

 深まる秋で思い出したのが、昭和記念公園のいちょう並木での銀杏拾いです。焼いて食べると美味しいので、銀杏がお好きな方も多いと思います。私も大好きです。
木に付いている時はいいのですが落ちていたり、ましてや誰かに踏まれたあとのあのニオイ・・・堪りませんね!! 踏まないように注意しましょう。
 実は、あのニオイ、いちょうが子孫を増やす為の防衛策とのことです。実験でサルやタヌキに銀杏を与えて観察してみると、いづれも食べず、いちょうの作戦は、まんまと成功・・・と言うことです。
生きていくすべ、防衛策はいろいろあるものですね。喜ばれることも避けられることも、命を継続していく為の方法なのですね。私たちも、子どもたちも、それぞれに生きていくすべを見つけ、鍛え、磨き続けなければいけませんね。
 
≪クリスマスフェスタ≫
 子どもたちは、これからクリスマスフェスタの準備に取り掛かろうとしています。絵や制作物、共同作品、様々な作品が、子どもたちのそれぞれの思いのもとに出来上がっていきます。子どもたちは、楽しみながら、喜びながら、たくさんの想像力を発揮して作品をイメージし、やがて意欲的に、工夫して、楽しんで作品を作ってくれることと思います。本当に楽しみですね。
 私は、子どもたちが自分で作った作品すべてが、自信とうれしさの固まりなのだと思っています。大人は、ついつい作品の出来ばえで評価しがちですが、作品コンペではないので一切評価的なことはしません。むしろ、最初にどんな作品を考えたのか?何でもいいからその理由を聞いてみたい。そして、そのために、何を、どのように、どんな思いで取り組んだのか?その過程をお伝えしたいと思っています。今、現在の子どもそのものの姿を表現する一つの手段としての作品となればうれしいです。

≪シンガポール≫
 ふじようちえんは、おそらく、幼稚園では珍しく、日本全国または世界各国から見学者が多く見えて頂く幼稚園だと思います。また、逆に、ふじようちえんの話が聞きたいと言われて、全国各地からお声掛け頂くことが時々あります。都合がつく範囲で出向いてお話をさせてもらっています。そんな中、先日、海外の幼稚園関係者からシンガポールで講演をしてほしいと頼まれ、断りきれず2泊4日の強行軍で行ってまいりました。2回の講演会と施設見学等々があるとても充実(忙しい)した行程でした。
 シンガポールの教育は、とにかく競争、競争の日々を送っていると以前から聞いていましたから、何でふじようちえんが・・・と言う思いもありました。
 当日は、シンガポールはもちろん、マレーシア、インドネシア、中国、バングラディシュ等々の国から約300人もの先生方が参加されて研修会が始まりました。
 会場内にある3つの大きなスクリーンに映し出されるふじようちえんの園舎や様々な活動内容が、皆さん初めて見るものばかり、ちょっと刺激が強かったのか?
パワーポイントの画像が変わるたびに、会場からどよめきに近い声が何回も上がっていました。思った以上に印象的だったようで、講演終了後、大変多くの皆様に質問攻めに合う状態が続きました。こんなの初めてでした。が、行った甲斐がありました。
 講演を終えて、シンガポールの方々が感じていることを少しわかったような気がしました。それは、人材だけが唯一の資源と断言するシンガポールは、確かに競争社会ではあるけれど、競争社会であればあるほど、さらなる教育の深堀りの必要生と教育の持っているほかの価値観や役目、つまり、幼児期に本当に必要な環境、子どもが育つということをあらゆる角度から知りたい、聞いてみたいのだと思いました。また、これからの教育の方向性をいろいろ模索しているようにも思われました。
 そのためにか?どうか?わかりませんが、競争社会で育つ子どもと対極にあるような素朴なふじようちえんの子どもの育ちに大変興味を持っていただいたのかな?なんて想像しました。おそらく、そのうち、“子どもの育ちから学力へ”と言う内容のレポートが届くと思います。楽しみにしています。私流に言えば、幼児期こそ“遊びの中に学びの芽”があり、子どもたち同士でその芽をさらに育て合うのが幼稚園ということでしょうかね。
 
≪今、なんで・・・≫
 B1選手権や東京ラーメンショーがテレビで盛んに取り上げられている近頃ですね。
私は、この裏にある人々の気持ちや今の時代の本質を知ってみたいと思い考えてみました。どちらも美味しいということは当然ですが、多分、B級グルメにしてもラーメンにしても“手が届く美味しいもの”と言うのが共通項だと思います。確かに料理番組で高価な材料で豪華な料理を作られても、一生に一度、口にすることは無いものばかりというのが現実です。そんなものより、日々の生活の中で味わえるものに大切なことがあることを知ったのではないかと思います。それは、ご家族や好きな人、仲間と一緒に食べる時間をとれること、同じものを食べてみんなで楽しめること、これこそ日常の中にある“本当の豊かさ”だと知ったのだと思います。
 豪華なものを身につけ、立派な雰囲気を醸し出した背伸びする時代から、見栄も張らず等身大で生きていく時代へ動いているようです。ふと気づくと、干し柿が目に入りました。そうです。私は、今、スマイルファームでとれた渋柿でつくる干し柿づくりを子どもたちに見せることに本当の豊かさを感じています。

園長だより vol . 88 (2010.11.5)
by 園長 加藤積一 | 2010年11月5日 18:32 | 園長だより

2010.10月4日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 さんま、栗、柿、梨、ぶどう、さつまいも、カボチャ、きのこ、新米、いわし雲?・・・最近は一年中、いつでも、どこでも、あらゆるものが食べられますが、やはり、季節のものはその季節に食するのが一番ですね。今、長時間保育のおやつ、ふかしたさつまいもを頬張りながら実感しています。確かに今年のさつまいもは、甘いですね。
 さわやかな秋になりました。皆様、いかがお過ごしですか?
読書の秋。芸術の秋、スポーツの秋、行楽の秋・・・は気にはなるのですが、前述のように私の秋といえば、食欲の秋ですね。(特に、秋に限ったことでは無いのですが・・・)
 運動会も、もうすぐです。楽しいご家族の思い出がいっぱい出来ることでしょう。それぞれの秋、お子様と一緒にこの季節を十分ご満喫下さい。

<バトンでドキドキ>
『すごい青空!!』と声がでるほどさわやかに晴れたある日、大きな声援の中を運動会のリレー練習が行われています。練習とは言え、競い合っている場面です。バトンを渡す側、受け取る側、お互いに真剣に取り組んでいます。ドキドキしながら、自分の順番が回ってくるあの感じ・・・大人なら、誰しもが経験のあることと思います。私も、緊張の中でバトンを受け取り、走り出したのですが、足が地に着いていないと言うか、練習とは違う感じで会場の声援の中を走った記憶があります。クラスの順位なんかより、とにかく抜かれないで次の人にバトンを渡すことしか考えていなかったですよね。そして、自分の役目を果たしたら、ほっとした気持ちで今度は応援にまわります。リレーを一言で言えば“緊張感と達成感の競技”だと言えます。
まさしく、だれも助けてくれなく、一人で立ち向かわなければならないリレー競技の中に育ちの要素がいっぱい詰まっているのです。そして、この経験こそが、自立へと向かう運動会の本質なのです。リレーだけに限らず、ご家族の前で演じる体操や踊り、かけっこ・・・すべての競技の中にある大切なものなのです。
そんな気持ちも心の片隅において、一所懸命がんばる子どもたちを応援して下さい。

<ハチが来る花、来ない花>
『今、やろうと思ったのに・・・』子どもに何か言うと、必ず言われる返事の一つです。
また、自分でも言ったことがある言葉ですね。
 仕事でも勉強でも、「人にやらされている」「しなければならない」と思った瞬間、やる気はうせ、何か乗り気では無く、顔が曇るようになるものですね。逆に、物事は、自分から進んでやろう、乗り越えようと思うと、気持ちが入り、能率が上がり、自然と笑顔が出てくるものです。
子どもに自ら行動するように促すこと・・・わかっていても難しいですね。
 ある方が、言ってました。『今の子は、輝いていない。造花を見ているみたいだ。山百合のようにまわりを輝かせる存在になってほしい。』おそらく、その方は、表面上はきれいで格好がいい若者と多く会っていて、造花に見えたんでしょうね。
たまたま、山百合のように自分の力で得意なことを自ら行っている若者たちに会わなかっただけなのだと思います。何事も自ら行う人は、キラキラ輝いていますものね。
確かに、山百合は、誰に頼まれて咲いている訳ではないですし、その土地にあった環境で花開き、香りを出し、やがて花にハチもやって来ます。ちなみに花屋の花には、ハチが来ないのだそうです。要するに、作り物のかっこ良さが持てはやされる今の社会、ぜひ、内側から輝く本物の人になってほしいと言うことなのです。その為には、自分の好きなこと、得意なことを思いっきりやることです。

<納豆とふりかけ>
 いろいろな親子関係がありますが、父と子、母と子の距離、密着度を表現するのに、「納豆型」「ふりかけ型」があると思います。納豆のように、べたべたといつまでも糸を引く言わば四六時中密着型の親子関係、かたや必要な時だけ一言、二言、言葉をかけて見まもる親子関係、かけ過ぎるとしょっぱいし、少な過ぎると美味しくないし難しいものですね。納豆型が母親に多く、ふりかけ型が父親に多いと感じますが、・・・いかがなものですかね?
毎朝、納豆でも飽きるし、ふりかけばかりだとなんか味気ないし、両方のバランスが大事のようです。他に和食のメニューには、たまご、のり、梅干、漬け物・・・これらは何を意味しているのか想像してみるのも面白いかもしれませんね。私は、十数年前に教わった納豆に生卵を入れた「納豆たまご」という食べ方をよくします。勝手に分析してみると、この「納豆たまご」型?は、親の行動を見させて育てることを意味していて、言わば、「親の背中見させ型」とでも言うんでしょうかね?でも、我が家の子どもたちや家族は、好きじゃないのか、勇気がないのか、気持ち悪いとか言って食べてくれません。「親の心、子知らず型」なのでしょうか・・・?

<子どもの遊びにゃ~、訳がある>
 滑り台の面白さは、その落差が子どもの脳を刺激し、その刺激がやがて快感になります。気持ちよさを求めて、子どもたちは、もう一回、もう一回と何回も滑りたがります。お子様にせがまれたことありますよね。つまり、滑り台は、子ども自らが自分自身を育てている道具と言うことなのです。遊ぶから遊具と言っています。
 また、子どもたちが広告の紙を丸めて、剣といわれるものを作り遊んでいます。昔のチャンバラごっこまでは行きませんが、戦いのポーズをとっています。剣を振り回すと周りの人にぶつかるので、いつも周りにお友だちがいないか?確認して遊びましょうと約束しています。が、中にはついつい周辺の人や机、ロッカーにぶつかる時もあります。なんでもすぐに禁止することは簡単ですが、周りに気をつけながら遊ぶところに、その子の周辺感覚、振り上げ加減の調整、他者、周りへの思いやり・・・いろいろな点からも育ちの役にも立っているのです。遊びの中に育ちの要素がいっぱい詰まっている一例でした。

園長だより vol . 87 (2010.10.4)
by 園長 加藤積一 | 2010年10月5日 10:36 | 園長だより

2010.9月1日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 炎暑、猛暑、熱帯夜・・・赤道付近でもこんなに暑く無いのでは?と思わせるような暑い、熱い夏が続いています。一体、この地球はどうなるのか?温暖化か?なんて、壮大なことを考えながら、握ったクーラーのリモコンは、“強”。言うこととやることに矛盾が生じる夏ですね。 
皆様、夏休み、いかがお過ごしでしたか? ご家族での楽しい思い出がたくさん出来たことと思います。 『プール、虫取り、家族旅行、夏の思い出で子どもは育つ』と信じています。
まだまだ、暑さは続きそうです。お体、ご自愛下さい。

今日から、二学期が始まりました。よく日に焼けたお友だちの元気な声が響いています。
さっそく、園庭の芝生からバッタやコオロギを見つけていました。よく見ると、ドングリは膨らみ、空には、トンボがたくさん泳いでいます。暑いですが、秋は確実にやって来ています。
季節の変化、自然の空気を感じながら、環境を整え、教職員一同、力を合わせ、しっかりと子どもたちの育ちを支えていこうと思います。

<自立へ向う秋>
二学期と言えば秋、秋と言えば運動会と想像される方も多いと思います。二学期には運動会やクリスマス会を始めとしておいもほり、園外保育やおもちつき大会などがあります。私は、それらの行事に対する基本的な姿勢、心構えとして先生方に伝えていることが二つあります。それは、子どもが育つ場所である幼稚園がする行事とは、ただ行う事(字のとおりの解釈)ではなく、どんな行事でもあくまで保育の一環として捉えることが一つ。そして、一人ひとりの育ちにその行事がどう貢献できるのかを見極めて、それに似合う環境づくりや保育内容を考えてあげることの二つです。
冷静にみると運動会やクリスマス会は楽しい行事ではあるけれど競技に参加したり、作品作りをすることを通じて育つ、言わば装置みたいなものと考えています。
でもその装置はものすごく性能が良くて、準備から当日までの時間の中でお友だちと協力すること、競い合うこと、できたときの達成感、または自分の番を待つあのドキドキ感、人前で踊ることの体験等々・・・言い尽くせないほどの多くの体験や心の成長に貢献できることがいっぱい用意されています。
幼稚園のいろんな行事を子どもが育つための大切なステップとして捉えています。ただそのステップは、単に○○が出来るようになったとか、踊れるようになったとかいうことを目的にしたものではありません、それも大事かもしれませんが、それ以上にみんなで練習に参加して力を合わせることを経験したり、かけっこなどで早く走れるように努力する心が芽生えたり、みんなで助け合うことなどを体験できる時間を過ごす方が何倍も重要だと思っています。ふじようちえんの大切にしていることを少しでもご理解頂きまして、子も親も幼稚園もみんなで育ち合える・・・運動会を始め各行事にしていけたらと思っています。
いろいろとご協力頂くことが多い二学期ですが、どうぞよろしくお願い致します。

園長だより vol . 86 (2010.9.1)
by 園長 加藤積一 | 2010年9月9日 20:46 | 園長だより

2010.7月20日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 いよいよ夏休みに入ります。園長席の前に置いてある、たくさんのカブトムシやクワガタに見入る子どもたちの目が、キラキラと輝いています。
この夏休み、その目の輝きがさらに増しますように、いろいろなものを見て、聞いて、体験して“子どもが育つ夏”をご家族でどうぞ、お楽しみ下さい。9月には、みんなの元気な笑顔に会えることを楽しみにしています。
 ちなみに、幼稚園では、長時間保育、イベントとしてサマースクールやディキャンプ・・・毎日、毎日、先生たちがいろいろな楽しいアクティビティーをしています。どうぞ、夏のふじようちえんも楽しんで下さいね。キラキラがギラギラになりますよ!!
 私は、8月半ば、昨年に引き続き、四国の四万十川に行き、カヌーや星空を楽しみ、天然のウナギも食べたい・・・なんていう自然満喫の夏休みを過ごそうと計画しています。天候次第なので、どうなることやら・・・。

≪ほめる≫
 以前に、この幼稚園の形は、『最初から楕円形をデザインして設計したものではなく、園長の日常の動線がそのまま建物になっているのです。』と言うお話をさせて頂きました。
園長の役目、仕事としてより、一人の人間として、また、ちょっとばかり早く生を受けた者として、子どもたちに自信や勇気、元気を伝える役目があると思っています。だから、各お部屋に入って行き、『この絵、じょうずだねぇ~』とか『お歌うまいんだね』なんていうことを、正直に感じたままを言い、ほめます。その状況で、他のお友だちにも聞こえるように言ったり、または耳元でささやいたりしているのです。ほめられるとみんな顔が一瞬で変化します。これで自信をつけてさらに成長してもらえば嬉しいと思っています。
 私は、これを『言葉のふりかけ』と言っています。『言葉のふりかけ』をかけるには、お部屋がつながっている方が、また席に戻れて都合がいいのです。だから楕円形になっています。
まぁ、そんな“思い”でたくさんのお友だちに声をかけて参りましたが、先日、友人の三浦さんからの貴重なお話を伺いました。以下にそのまま掲載いたします。
幼児期はもとより、小中高大、社会人に至るまで、活用できそうな大切なことだと思います。

<才能ではなく努力をほめる>
「才能をほめると人の能力は下がり、努力をほめると人の能力は上がる。」
スタンフォード大学の心理学者、キャロル・ドゥエックは、こう述べています。とても興味深いルールだと思います。そのルールを証明する為に以下の実験をしたそうです。

(1)生徒にある10問のテストをしてもらい、成績が同じになるように二つのグループ(A・B 組)にする。

(2)A組の生徒には、才能をほめることを徹底して行う。「8問正解よ。頭がいいのね。」と。

(3)B組の生徒には、努力をほめることを徹底して行う。「8問正解よ。がんばったのね。」と。
(4)両組の生徒に次に取り組む問題を選ばせるという実験を行った。
 A組の生徒は、新しい問題にチャレンジするのを避ける傾向があり、B組の生徒の9割は
 新しい問題にチャレンジすることを選択した。A組の生徒は新しい学びを放棄し、B組の生徒は学ぶチャンスを逃さなかった。

(5)次に両組の生徒に難しい問題を出してどのような反応をするかの実験を行った。
A組の生徒は自信をなくし、自分はちっとも頭が良くないと思うようになった。
B組の生徒は「もっとがんばらなくっちゃ」と考えた。解けないことを失敗だとは思わず、自分の頭が悪いからだとも考えなかった。

(6)難問を正解した両組の生徒に問題を解くことが楽しいかどうかと質問した。
A組の生徒は、自分が頭がよいという評価が崩壊に瀕している際に楽しいと思えるはずがないという反応を示し、B組の正解者は全員が楽しいと答えた。

(7)難問が出題された後の様々な出題に対してどちらが良い成績をとるのか実験を行った。
点数が高いのはB組。
A組の生徒はやさしい問題が出されても成績は回復しなかった。スタート時より成績は悪くなってしまった。
B組の生徒のできはどんどん良くなった。難問に挑戦したことでスキルが向上した。

(8)最後に提出させたレポートの自身の点数欄に、A組の生徒の4割が点数を高めに偽って書いていた。

キャロル・ドゥエック教授はこの実験を以下のように総括しています。
「子どもに『あなたは頭が良い』と言ってしまうと、その子は自分を賢く見せようとして愚かなふるまいに出るようになる。
我々はそんなことを望んで『頭が良い』『優秀』『才能がある』とほめるわけではない。
子どもからチャレンジ精神を奪い、成功への道を閉ざしてしまおうなんて、そんなつもりは毛頭ない。けれども、実際にそういう結果につながる危険をはらんでいるのである。」
(「やればできる!」の研究、キャロル・ドゥエック著、今西康子訳、草思社刊)

この実験と事例は子どもを対象にしたものですが、大人でも同じことだと思います。
評価しほめるべきは、「才能ではなく努力」だと、私も思います。しかも「継続的な努力」であるべきです。

 いかがでしょうか? ほめる観点が違うだけで、かなり成長に影響がありそうですね。
実際の実験をしたわけでも、また、今後する予定もありませんが、思い当たることが多くあり、素直に受け入れてみようと思います。ほめるべきは、才能よりも、その努力なのですね。
夏休みに活用してみて下さい。成長すると思います。でも、努力もしていないのに無理に努力をほめるのも変ですよね。あしからず・・・。 楽しい夏休みを。

園長だより vol . 85 (2010.7.20)
by 園長 加藤積一 | 2010年7月21日 09:02 | 園長だより

2010.7月8日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 蒸し暑い梅雨が続いておりますが、皆様、お元気でお過ごしですか? 
いよいよ夏本番も近くなり、夏休みの家族旅行の計画にも一段と力が入るころですね。
何もしていないという方、ご安心下さい。大丈夫、まだ間に合います。お子様との大切な思い出がいっぱい出来ますようにじっくりとご準備下さいませ。
 サッカーのことはよく分からない私ですが、ワールドカップでの日本の快進撃に感動し、にわかサッカーファンになり、今度はJリーグを見に行こうと思っています。
私の時代は、王、長島の野球世代ですが、どうやら変化が起き始めたようですね。(どこまで続くものか?)

 少し時間がたちましたが、家族参観日には、多くの皆様にご参加、ご協力を頂きまして、ありがとうございました。心より感謝申し上げます。
各クラスとも、制作やゲームを通じて、ご家族と一体になったとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。何より、たまにご来園頂き、幼稚園のことがいまひとつ分からないお父さまをリードしている時の子どもたちの目の輝きは、自信に満ちていて本当に嬉しそうでした。
子どもたちの心に自信をつけた家族参観日でもあったようです。

≪願いごと≫
 昨日は、七夕でした。彦星様、織姫様は、天の川でデートしていたのでしょうね?
各お部屋から♪笹の葉、さぁ~らさら、軒端にゆれる、お星様きぃ~ら、きら・・・子どもたちの歌声に、本当に七夕らしい雰囲気が漂っていました。
 この前の笹飾りに続いて、笹舟を作り、水を張った昔ながらの木のたらいに浮かべてみました。熊笹の大きな葉を折って作った笹舟、初めてのお友だちもたくさんいました。私は、本当に懐かしい風景に出会った感じがしました。そして、このデジタル、IT全盛時代の今、なんとも言えないこのゆっくり流れる時間に、すごく大切なものに触れたような気がしました。
みんなの願いがかないますように・・・夢に思いを馳せる大切な行事ですね。
 また、私は、この七夕の時に、いや七夕の時だからこそ、『確かにお願いごとをすることは大事ですが、何もしないでお願いごとばかりしていても中々、願いごとは叶いません。神様や他の人にお願いをし、頼ってばかりいるのではなく、むしろ、お父さん、お母さんの言うことをちゃんと聞くこと、そうすると、願い事が叶います』と子どもたちに伝えています。
そんなことは無いのでしょうが、小さいころからお願いごと、お願いごと、お願いごと、お願いばかりしていると、自ら努力をしない子になる?・・・かも知れませんね。義務と権利みたいなもので、権利を主張する前にすべきこと、義務は果たすという大人になってほしいだけです。

≪理に叶う≫
先日、水を張ったガラスの器に氷を浮かべ、今年初めてのそうめんを食べました。身も心もとても涼しくなったひとときでした。クーラーも好きですが、この涼しさも大好きですね。
 今、園長席からは、プール、風鈴、カブトムシ、きゅうり、やまもも、ナス、カエル、じゃがいも、くわがた、カニ、ウメジュ-ス、うちわ、朝顔、乾しているTシャツ、そして、元気な子どもたち・・・が目に映っています。ごく日常の風景ですが、よく見ると、みんなそれぞれに暑い夏との付き合い方、過ごし方を私たちに教えてくれているように思えます。
そうです、日本文化が本来持っている生活、慣習には、クーラーなどの冷房機よりも優れていて、無駄無理が無く、自然の理に叶うものがいっぱいあるのです。ふじようちえんのルールの一つに、『暑い時には、窓を開け、水を飲んで、木陰で休めばいい』というものがあります。
 子どもたちが育つ今、自然に任せたり、自然に従ったり、夏を生きて行くすべを自ら身に付くような環境作りをしています。だから、暑い時は、暑い方が、育ってほしい感覚がよく育つような気がします。ちなみに、冬のルールの一つに『寒い時には、屋根の上をぐるぐる走って、日向ぼっこをすればいい』というのがあります。両方とも、すごく当たり前のことですが、その当たり前が中々出来ないのが現実のようですね。
 さらに、遠くに見える井戸では、多くのお友だちが水遊びに群らがっています。井戸水を汲み、砂場に作った川や湖にバケツで水を運び、満たすのでしょう。でも、運ぶのに失敗すると、ぬれてしまいます。でも、ぬれたら、乾かせばいいのです。ぬれたら、乾かす、ぬれたら、乾かす・・・の繰り返しが、自分の身体が水にぬれないようにする身のこなしやコツを得て、自らを育てて行くのです。私たちは、子どもが水にぬれることも大切な育ちの状況と考えます。そんな状況に出会ったら、子どもが育っている「その中味」を見つめてみて下さい。

≪日時計と針時計≫
 園庭には、毎日、旗を揚げているポールがあります。偶然にも、園舎建て替え以前、開園時より、まったく同じ場所にあります。埼玉県飯能市の山から切り出した檜を使っています。
もう皆様もご存知のように、ふじようちえんは、様々な施設・設備等は、何がしら、子どもの育ちに貢献するように考え、子どもが育つ状況を設定し、環境を作るよう心掛けています。  
実は、このポール、旗を揚げるだけのものではありません。なんと、日時計の役割もしているのです。
 針時計は、その読み方を教われば読めるようになります。が、時間の本質、道理を見つけるには少し難しいのです。それに引換え、日時計は、季節にもよりますが、その影が、ここでお昼、ここまで来たらおやつ・・・なんて調子で、時間が太陽の動きとつながっていること、時間の正体、本質、道理を感じることができるのです。
言わば、針の時計を読めることが『できる』につながりますが、この『できる』が、ともすると成績重視、テストでよい点を取ることが全ての価値観につながるような気がします。日時計は、時間の道理が理解できる点からも、ものごとの『わかる』に通じると思っています。
『できる』と『わかる』、両方大切ですが、この幼児期には、実体験を通じて『わかる』ことが必要だと思います。五感を発達させ、できることも日ごと増えて行きますが、『できているけど、わかっているかな?』の観点で子どもを見ていきたいものです。字が読めるけど、意味がわかってないとか・・・。ところで、デジタル時計は、ただ単に『読める』という範疇ですかね。
また、考えてみます。

園長だより vol . 84 (2010.7.8)
by 園長 加藤積一 | 2010年7月9日 12:14 | 園長だより

2010.6月1日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 各お部屋から♪『雨だれ、ぽったん、ぽったんたん・・・』と、子どもたちの大きな歌声が聞こえています。いよいよ、この歌のような梅雨の季節が目前に迫ってきました。屋根から落ちる雨も遊び道具にして楽しんでしまう子どもたち、その元気さで鬱陶しい梅雨も吹き飛ばしてくれることでしょう。
 また、この季節は、だんだんと身の回りのことが上手に出来てくる子どもたちにとっては、傘をさしての道の歩き方や人とのすれ違い方等々、梅雨こそ雨具を思いのままに操作できようになるチャンス。雨の日は社会性の発達にも役立っています。
こんな風に梅雨も見ることが出来ますね。皆様、いかがお過ごしですか?

 今、園長席の前には、各ご家庭から頂いた、おたまじゃくし、ザリガニ、カブトムシの幼虫、トカゲ、また季節の野菜などを展示して、子どもたちに見てもらっています。見ることもいいけど、可能な限り触れてもらおうと思い、オープンにしています。すると、好奇心旺盛なお友だちがいっぱい集まって来て、ワイワイ、ガヤガヤ大変です。まぁ、こんな園長席風景です。
 そんな中、おたまじゃくしを見ては、『まだ、カエルになってないねぇ~』と毎日言っているお友だち、虫のケースに顔をくっ付けて虫をよぉ~く見ているお友だち、おたまじゃくしから足や手が出てきて、その発見に歓声を上げているお友だち・・・みんなとってもいい顔をしています。興味、好奇心のかたまりですね。

 遅くなりましたが、先日の遠足、大変ご苦労様でした。皆様にご協力頂きましたお陰で、年長・年少ともに無事終了することが出来ました。子どもたちもしばらくの間、楽しかった遠足の話で持ちきりでした。(もう次に興味が行っているようで、今は話題にもなりませんが)
私は、“遠足は一日だけど、遠足の思い出は一生の思い出”と言って、遠足は大切だと思っています。この遠足がお友だちの育ちやご家族の思い出になれましたなら幸いです。
 また、年間を通じて何かとお世話になる藤の会の本部役員をはじめ各クラス、各担当チームの役員の方々も、お決め頂きありがとうございました。やはり、私ども教職員での活動ではその範囲にも限りがある中、お手伝い頂けること本当に心強く思っております。いろいろとお世話になりますがどうぞよろしくお願い致します。

≪不便が工夫を生み、工夫しながら子どもは育つ≫
 リモコン、センサー、オートマチック、ネットにデジタル、携帯電話・・・ざっと思いついただけでもなんと便利な社会なのだろう・・・と思います。しかし、この便利さの影に大きな落とし穴があるような気がしてなりません。果たして、便利な現代社会は、子どもたちにとってどうなのか? 育ちに役立つのかどうか? と言うことです。
 すでにこんなことを言うことも自体古く、しかも、便利な社会を享受している者として矛盾しているのですが、今の社会は、あまりにも便利になり過ぎて、ものの道理や本質が見え無くなってきています。見た目が重要視され、そのスタイルや表面上のカッコ良さが取りざたされがちのようです。実際にあった園での状況です。
ヒモで引っ張って点ける電球を知らず『先生、リモコンどこ?』、幼稚園の水道に蛇口に手を当てて『先生、水でない!!』とセンサーしか知らないお友だち、引き戸の前に立ったままで『先生、開かない!!』自動ドアでは無いのです。携帯電話で『おじいちゃんと話すことはよく出来る』が繋がることの実態を糸電話遊びからは知らない・・・他にも、いろいろな事例がありそうですね。便利なものは便利なものとして使って行くことは否定しません。が、もしできれば、その便利なものの本質や正体をしっかり見て欲しいと思っています。本質を見る目を養うことは複雑になるこれからの時代を生きていく上でとても必要な要素だと考えます。
本質を知ることを通じて、ものの役目、価値を知り、それを知ることでいろいろな気づき・発見をして、生涯を通じて学ぶことの楽しさに出会ってもらいたいのです。
 『幼稚園は、一生ものの宝箱』、履物をそろえる、戸を閉める、電気を消して、蛇口もきちんと閉める。これらの行為は、確かに学校的には成績評価には該当しません。しかし、日常生活の中にある何気ない一つ一つの行動を通じて、子どもたちの心を育てたいと思っています。幼いときの行動のくせづけが考え方のくせづけになり、考え方のくせが、その人の人生を決めていきます。人生を決定づけるものは、能力だと思いきや、意外ですが考え方や性質だと思われます。性質へのアプローチこそ幼児教育の本質、役目だと重く受け止めています。

≪反抗期に思う≫
『最近、言うことをきかなくて・・・』と、あるお母様がつぶやかれました。お子様は3歳児です。
お母様は、俗に言う反抗期なのかと思われていました。確かに反抗期なのかもしれませんが、反抗期と言うネガティブな見方の反面、ポジティブな見方もあることをお伝えしました。
私は、【反抗期は成長期】と言っています。反抗期には、体内部のホルモンバランスがくずれ、その影響で気分的にムシャクシャして、周囲に反抗的態度をとることが特徴的に現れます。でも、この体のホルモンバランスが崩れることは、逆にその後に整うことを意味し、その整うことと同時に身体が大きくなっていきます。多くの子どもたちにみられる状況、俗に言う反抗期は、私たちがジャンプする前に大きくしゃがみ込む状態に似ているものと考えています。
何かにつけて反抗的だと思っている方は、反抗期は成長期と思って頂き、成長への道、育っているのだと考えてみてはいかがでしょうか?反抗期が長い場合もありますね。

≪園長たちの話題≫
 先日、全国園長研修会に行きました。テーマは、今の子どもたちで気になること。
① 猫背、姿勢の悪さ・・・脳への血流に影響し、集中力、持続力の欠如につながる。
② かかとをつぶした靴の履き方・・・ズリ足歩きが、浮き指や外反扁平を生み、腰へ影響。
③ 遅寝遅起き・・・朝食抜き、平熱が35度台の子も。
④ 目の抵抗力の低下・・・曇りの日でも写真撮影時にまぶしくて目を開けていられない。
他にもありますが、概ね上記内容がふじようちえんでも該当する点でした。
教職員、ご家族様みんなで心を配り、良くないことは改善するようにして行きましょう。

園長だより vol . 83 (2010.6.1)
by 園長 加藤積一 | 2010年6月1日 17:32 | 園長だより

2010.4月30日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 例年よりも寒さがちょっと頑張ってしまった春、暖かさを運んでくるはずの春雨も肌寒さを感じる日々が多かったですね。でも、この寒さのお陰で桜を長期間楽しむことができました。皆様、お元気でお過ごしですか? いよいよ5月、そして、GWご家族でいっぱい楽しんでくださいね。

 今、こいのぼりが悠々と泳ぐ新緑に包まれた園庭を子どもたちが元気に走り回っています。 みずみずしい新緑と元気な子どもたち、これから育つもの同士、本当によく似ています。
そんな思いで、ただ眺めていたのですが、ここに流れる空気はまさしく“生命の息吹”に溢れています。子どもたちの育ちと新緑の成長、どちらもイキイキしていてとても心が弾みます。

 今年は暦の関係で、『こどもの日』と『母の日』の制作が同時進行し、年長は、こいのぼりの制作をし、柏餅を食べ、お母さんへのプレゼントを一所懸命作る・・・盛りだくさんの内容ですが、作品の中にそれぞれの思いを込めて頑張りました。季節の制作を通して、できることが一つづつ具体的に増えていくことを実感しながらの日々をおくっています。
 また、新入園のお友だちにとっては、ご家族から離れて初めて過ごす幼稚園での時間であり、自分でやらなくてはならないことがいっぱいある生活が始まりました。なんでもいいから何か一つ、幼稚園の中で好きになったり、安心できる居場所が見つけられるといいなと思っています。不思議と何か自分なりのものや場所を見つけると幼稚園がより面白くなり、子どもの「通いがい」が出てきて、親から自立する一歩になったりします。
幸い、これまで見ていて、お友だちは、最初に感じていた不安や心配から、毎日が期待と楽しみへと変わってきています。みんな、それぞれの関わり方で環境になじんでいます。 
 「親」という字、“木の上に立って見る”と書いてあると言われますよね。分かっていても、じっとしていられないのが親というものですよね。親から巣立つこの時期、お子様が出来るだけ「一人でできるように」という思いを大事にして見守って頂ければと思います。

 お友だちもでき、遠足に行ったり、各クラスとも笑顔がいっぱいの5月、『みんなで過ごす時間が、みんなを育てる』 そんな思いを大切に薫風を感じつつ、過ごして行こうと思っています。そうそう、当然、あいさつや靴をそろえることも大切に。

≪育つと育てる≫
 さて、皆さん「子どもは自ら育つものでしょうか?」または、「子どもは手間隙かけて、親や大人が教え導いて育てるものでしょうか?」前者の子どもは“自ら育つ”という見方の中味は、「子どもは様々な能力や可能性を秘めている素晴らしい存在。だから出来るだけその能力を発揮できるように環境を整えてあげよう」と言うことです。後者は、「子どもはとにかく非力なもので、自分では何も出来ない存在。だから、親が教え導いて鍛えていかなければ、ろくな者にならない」という考え方です。子どもってはたしてどういう存在なんでしょうか?
このことは、私たち親自身が子どもをどう見て子育てに臨んでいるかを改めて考えさせてくれます。どうぞ皆さまも一度検討してみて下さい。
 子どもたちを見ていると、「育つ」でも「育てる」でも無く、それ以上の何かがあるような気になります。「生きる」ということでしょうかね?

≪あいさつとお返事≫
 私はよく「幼稚園でたくさんのお友だちを作ってね」と言っています。そして、どうすればお友だちになれるか?そのコツは、「あいさつとお返事」だよと伝えています。
「おはようございます」「こんにちは」や「ハイ」の返事をちゃんとすると、されたお友だちは、笑顔になったり、安心してくれ、すぐお友だちになれるんだよと。大人社会でも、ろくにあいさつや返事もしてくれないことがある現在、私たち親、大人が手本となって、あいさつや返事をしっかりして行きたいものですね。あいさつや返事は、人と人を結ぶゴールデンチェーンと言われています。子どもにも大人にも大事なことです。ご家庭や幼稚園から始めていきましょう。

≪見ると観る≫
『人は、見えるものしか見えない』と言われたことがあります。あるご家庭での日常会話。
夫『爪きり、どこ?』 妻『そこの棚の右端のケースの中にあるよ』 夫『どこ? 無いよ!!』
妻『どこ見てるの? 右の端の上にのっているケースよ!』 夫『どこだよ?』 妻、近づいて来て、『しょうがないわね、ここにあるじゃないの』 夫『あっ、このケースか!! てっきり、プラスチックの入れ物と思い、この木の箱、見ていて目に入っていなかった、ごめん、ごめん』
何となく? 心当たりがありそうな・・・単なる物忘れの光景?・・・ではありません。
 こんな風に、目の前にあるものを見つけようとするものの、私たちはイメージを勝手につくり、その自らイメージしたものが優先し、目の前にあるにもかかわらず、そのイメージ、思いとちがうと目に入らないことがあります。先入観がなせる業? また、別の言い方をすれば、物事をよく見ていないと言うことになります。さらに言えば、見えるものしか見ていないのです。
 “みる”つながりで、次に、「見る」と「観る」の言葉の違いをあげてみます。一般的に定義として、「見る」とは物体の外部を表面的に捉えること、「観る」とは物体の外部から内部まで具体的に捉えること、とあります。
かの有名な経営者本田宗一郎氏は、下記の問いで「見る」と「観る」の違いを実証しました。
 【牛の角は、耳の前にあるか それとも耳の後ろにあるか答えられますか?】この問いを牛をよくみている「牛の飼育士」と「牛を描いている画家」に出題しました。結果、答えたのは・・・・「牛を描いている画家」でした。この結果、同じ牛をよくみていても「みる」に違いがあることを発見したそうです。
 この例から、『子どもを見るか? 子どもを観るか?』でその子どもさんへの声がけやアプローチもまったく違ったものになってきそうです。表を見ること、中を観ること、両方大切ですね。ちなみに「聞くと聴く」も同じような意味合いでありますね。

園長だより vol . 82 (2010.4.30)
by 園長 加藤積一 | 2010年4月30日 11:46 | 園長だより

2010.4月 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 満開の桜の花が太陽にキラキラと輝いています。その下を元気な子どもたちが新しいカバンと靴、名札をつけて走って行きました。いよいよ、新年度の始まりです。
 ご入園、ご進級おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。
一つ一つの育ちが積み重なり、みんなでこの新しい年度を一緒に迎えられたことをうれしく思います。そして、これから始まるそれぞれの育ちの時間に私たちも、ワクワクしています。
 新しいお友だちも迎え、気分一新、教職員みんなで力を合わせて一所懸命に頑張ってまいります。どうぞよろしくお願い致します。

 今、桜がいっせいに咲きそろい、街じゅうが華やかになっています。毎年、この季節、もっと春を感じたくて、なぜか?桜の花のトンネルくぐってみたくなります。
只、くぐるだけで満足なのです。子どもみたいで恥ずかしいですが、こんな“素の気持ち”を大切に私も子どもたちと一緒に過ごして行こうと思います。どうぞよろしく。

≪ふれて育つ≫
 目のご不自由な女性がいました。その方は、電車に乗って通勤されています。
ある人が尋ねました。『電車に乗ったりして大変でしょ?』、『人とぶつかったりして大変でしょ?』と・・・そしたら女性は、『人とぶつかることは確かにあります。しかし、私には、人とぶつかる、物とぶつかった時こそ、他の存在を意識できる時間であり、世界とつながった実感がある時なのです。』と答えたのです。ぶつかることは、悪ではないのです。むしろ、目のご不自由な方のぶつかるという意味は、一人ではないと言う安心感と適切ではなないかもしれませんが、ある面、喜びに近いもの?とも想像しました。幸いにも、物が見えている私どもは、ふれることで物の存在を確認されて日々過ごされている方々を思う時、日常にこそ大切なことが多くあると思いました。
 私たちも、言葉で『頑張ってね!!』と応援・声援を受けるより、握手をしたり、肩を抱かれたり、背中に手を当てたりされながら、褒められたり、励まされたりすると勇気や元気が出て、声だけより不思議と自信や落ち着きが出てくるものです。
 人間の安心の種と言うか?この“ふれる言葉”とでも言うべきものは、自信なさそうで不安げな子どもとのコミュニケーションにも有効です。若干オーバーでも子どもに自信をつけさせる為にやってみる価値ありです。すべて、物事は取りようです。ぶつかること、ふれること、さわることが、・安心へと向かっているのです。安心感、満足感が自信につながり、やがて自信が自立へと向かうエンジンとなっていきます。
“ふれて育つ子ども”。さらに、“ささやいて育つ子ども”と言うのもあるのです・・・。
 駄文が続くこの園長だよりで恐縮ですが、何かのお役に立てたら嬉しい限りです。本年度もどうぞお付き合いの程、よろしくお願い致します。

園長だよりvol . 81(2010.4.8)
by 園長 加藤積一 | 2010年4月9日 15:20 | 園長だより

2010.3.18 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 みんなが待ち望んでいた春になりました。
ぽかぽか陽気の中、子どもたちが園庭を走り回っています。その姿は、まるで、卒園を目前に幼稚園での時間を惜しみ、幼児期をいっぱい全身で感じておこうとしているように見えます。終わりと始まり、お別れと出会い、涙と笑顔・・・を感じる春です。
皆様、いかがお過ごしですか? 

 屋根の上で卒園式の練習をしました。生まれて初めて自らが主人公で行う礼式です。卒園児たちは、しっかりとした足取りで壇上を進み、緊張した中にも修了証書を受け取り、きちんと礼をし、降壇します。その姿に子どもたちの成長を感じ、入園式の時、泣いてお母さんから離れられない風景を思い出しました。あれから・・・みんな成長しました。
 年少さんの各部屋からは、力強い元気な歌声が聞こえています。よく聞くと、卒園式で歌う『おわかれかいのうた』でした。年少さんもみんなで気持ちを一つにして、年長さんの巣立ちをお祝いしています。これが、ふじようちえんです。

 本日、修了式を終え、無事平成21年度を終えることが出来ました。これもひとえにご父母様、ご家族様のご理解とご協力があればこそと、心より感謝申し上げます。
 特に、藤の会の本部役員様をはじめ、クラス役員様、各チームの皆様方、各行事にお手伝い頂きました皆様には、お忙しい中ご協力頂き本当にありがとうございました。お蔭様で一年を通じて子どもたちも、とてもよい思い出が出来たことと思います。
 この様々な思い出を力にして、子どもたちは新しいクラスや小学校で新しい出会いとともに新たな一歩を踏み出すことでしょう。出会うことすべてに感謝し、すべてを生きる力の肥やしとしてたくましく、前へ進んで行ってほしいと思っています。

≪親にも皆勤賞≫
 ふじようちえんは、一日も休まずに幼稚園に来てくれたお友だちに「皆勤賞一年間・二年間・三年間」をお渡ししています。本当は、休まず毎日登園した子も、休みがあった子も、その頑張りに皆勤賞を出したい思いなのです。でも、規定と思いは別としなくてはならないので、ご容赦願いたいと思います。
 一口に皆勤賞とは言っても、いろんな天候の状況や日々の体調、また、ご家族のご事情等々・・・様々な状況を乗り越えなくては達成できません。それだけに、皆勤賞は価値があり、達成することは本当に大変なことだと思います。
この皆勤賞、当然ですが、子ども一人で成し遂げられるものでありません。そこには、ご家族の支え、励まし、毎日のご努力、ご協力があって初めて成り立つものです。
 私は、皆勤賞の賞状があるなしではなく、ご家族、特にお母様にも皆勤賞をお送りしたいと思います。

お母様方へ、
 『あなたは、幼稚園児の親として、お子様を幼稚園に送り出して頂きました。本当にご苦労様でした。親だから、当たり前と言えばそうですが、毎日のこと、その積み重ねは、これからの子育て、教育に大変大きな意味と価値を持ってくることと思います。朝、園へ送り出す時は、親を実感する嬉しさと何とも言えない親としての心配もあり・・・の日々だったのではないでしょうか?でも、これこそが親なればこその時間なのです。そして、この親をする時間は、これからも形を変えながら続いていきます。
 子どもの成長とともに親の年齢も上がるばかりですが、これからもしっかり親をして、親を楽しみ、家族を楽しみ、幸せな人生をみんなで送りましょう!!
子どもがいるからこその親、子どもがいるからこそ家族をやれているのです。改めて、自分の子どもに生まれて来てくれたことに感謝しましょう。ありがとう!! 』
ささやかですが、私からご家族様、お母様方への助演皆勤賞?の表彰でした。

≪卒園する皆さんへ≫
 ご卒園おめでとうございます。ふじようちえんのこと忘れないでね。
今、これから始まる未来に向けて、園長先生から一言伝えておきたいことがあります。みんなは、ふじようちえんに来て、いろいろなことを見つけたり、出来るようになったり、多くのお友だちもでき、一緒に力をあわせることのすごさやうれしさを体験しました。そして、この楽しい日々は光のようなスピードで過ぎていきました。
 みんなには、『思いやりがあって、自立した子どもになってほしい』と思っていました。そして、その通りにみんなは、幼稚園でお友だちや動物、自然、道具へ、または、各行事を通じて・・・いろんな思いやりを育てることが出来ました。
 実は、この思いやりこそが、自立には大切なのです。
自立している姿は、自分で考え、自ら行動し、自分が責任をもつことだと思います。難しいことではありません。道に落ちているゴミに気づいたら、拾ってごみ箱に捨てることができる人になってほしいのです。きれいな街の方がみんな気持ちいいだろうと思いやる心、その思いやりが考える源泉になり、行動につながっていくのです。
 さらに、これからの未来で大切なことは、人のせいにしないことです。何でもかんでも人のせい、学校のせい、社会のせいにしないこと。つまり、何かに依存しない生き方が重要なのです。世の中は、一人では生きて行けないのは承知の上であえて言います。依存しない生き方・・・難しいけどそのコツは一つあります。それは、何かに、誰かに頼ることばかりを考えるより、自分から『ありがとう』を言われることをいっぱいすることなのです。どんなところでも、小さなことでも『ありがとう』をいっぱい言われる人は、そこに居なくてはならない人となり、自立した人として光り輝いて生きて行くのです。何より、『ありがとう』をいっぱい集める人が一番幸せになれるのです。皆さんの人生が、いっぱいの『ありがとう』を言われる人になって、光り輝きますように願っています。ふじようちえんは、いつでも、いつまでもみんなの人生を応援しています。

園長だより vol . 80 (2010.3.18)
by 園長 加藤積一 | 2010年3月18日 19:17 | 園長だより