2012.4月27日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 芽吹いた新緑が、朝日を浴びて輝き、爽やかで気持ちがいい季節になりました。
青空に大きな鯉のぼりが泳いでいます。幼児期の原体験として、子どもたちに圧倒的に大きなものを見せたいと思い、高く、大きな、大きな鯉のぼりを上げています。
でも、そんな思いも、スカイツリーの登場で変わり?! 鯉のぼりの立場も大変です。
 皆様、いかがお過ごしですか? いよいよ、連休が始まりました。楽しい思い出をいっぱいつくって下さいね。

 新年度になり、約一カ月が経ち、ご家族様それぞれの生活時間にも、だいぶ慣れてきたことと思います。先日まで、正門付近でお母さんと離れるのがさびしくて、泣いていたお友だちも、今では、送って来てもらったお母さんの方を振り返りもせず、みんなの待つお部屋に一直線に走って行ってしまいます。親とすると、少しさびしいけれど、うれしく、ホッとしていると言う感じでしょうか?
 このように、幼稚園で何か好きな遊び、好きなもの、安心できるお友だちや先生が居ることが分かり始めると、幼稚園がより楽しいものとなります。そして、この楽しさこそが、親から、物理的にも精神的にも離れられるようになる力になって行くのです。幼稚園児ならではの“親からの自立の芽は、こんな感じで芽吹いています。

 先日は、地域訪問、父母会そして引き渡し訓練と、お父様、お母様、ご家族様にご協力頂きまして、ありがとうございました。大変有意義な時間となりました。
 各先生がお子様の過ごしている地域を訪問させて頂くことは、もし万が一の防災の点からも大事ですし、お子様との会話の中に共通の話題ができ、より仲良くできていくものと思います。また、父母会は、親同士が一同に会してお互いを知ることで、お友だちも出来たりと、親の幼稚園生活の始まりとなりました。さらに、引き渡し訓練では、災害時対応をしっかりと実践確認させて頂きました。大災害時の想定でしたので、皆様、普段は車で来るところを徒歩や自転車でお越し頂きました。園までの道順や道路の状況、意外にある段差や交差点での危険度…等々、歩いてみて初めて感じることも多かったのではないでしょうか?あってはならないことですが、関東、東京でも大地震の予測がされている昨今、この訓練結果は、サバイバルカード(大災害時の幼稚園の対応カード)で、さらに現実的な対応が取れますように重ねてお願いします。

≪読んで育つ≫
 3月27日の産経新聞【きのう・きょう】の欄に、在園児のお母様の記事が掲載されました。素晴らしい内容に感動、そして、幼稚園の保育が子どもに伝わっていることに心からうれしく思いました。ご本人、ご了解のもとご紹介させて頂きます。
 「本との出会い」
 我が家の息子たちは本が好きだ。8歳の長男は夏休みに60冊、秋の読書週間には70冊ほど読んだ。次男も兄に影響を受けたのか、幼稚園の年少の頃より、自ら声に出して本を読むようになった。そんな本好きの兄弟も、最初から本に夢中だったわけではない。長男が2歳の頃、絵本を読んであげようとしても、次々とページをめくってしまい、落ち着きがなく、話を聞くどころではなかった。それが、幼稚園に入園して一変。帰り支度をする先生が絵本の読み聞かせをしてくれるそうで、息子はそれを楽しみにするようになった。やがて、わが家でも絵本の読み聞かせが始まった。
 小学校の図書館は整備が行き届き、温かい雰囲気で利用しやすい、と評判が良いそうだ。「本を読んでいると、扉を次々開けていくみたいでワクワクするんだよ」と息子は言う。心豊かな子に育ってほしいと願う。  立川市 土屋智子 37 主婦

 確かに、『帰り支度終わったら、絵本を読もうね』と言うと、みんな動きが素早くなって支度が早いです。やっぱり、みんなTVでもなく、パソコンでもなく、人間の話す言葉にワクワクしたいんですよね。人から人に伝わるものは、単に言葉だけではなく、先生の表情や動作、そしてその場の雰囲気…等々を含めた空気そのものだと思います。上記文章の例のように、子どもの育ちに大きく貢献する幼児期の読書を今後とも大切にして行こうと考えました。そういえば、友人の言葉に、『人生は、旅と出会いと読書で決まる』と話していたことを思い出しました。読書…大人にも大切です。

≪長時間保育と野菜と育ち≫
 一般的な認識として、長時間保育(預かり保育)は、保育時間終了後、ご用事か、お仕事でお子様の面倒を見られない状況にある方々への対応とされています。当然、当園でも、この方々をしっかりサポートしています。が、私はそれだけではなく、もう一方の状況についても対応することが幼稚園の役目、子どもの育ちに貢献することと考えています。さて、そのもう一方とは、確かにお家に帰ればお母さんを始め面倒を見る方はいるのですが、兄弟姉妹が少なく、遊ぶにしても一人でテレビを見たり、ゲームをしたりの遊びです。時々外で遊ぶにしても車は多く危ないし、親も常に子どもばかりも見ていられないし…と言うのが現状のようです。ましてや幼児期、お友だちと遊びながら得られる“社会性の育ち”にも影響があるように想像できます。
 どんなご都合や状況のお友だちでも受け入れ、毎日バラエティーに富んで楽しく、子どもの育ちに役立つ長時間保育として、毎日の“アクティビティー”の内容を伝えたり、また、ひと月にわたって行われる保育内容を、今月の“プロジェクト”として行っています。いずれも見やすく、分かりやすく、参加してみたくなるようにメニューにしてお伝えするようにしています。
 ある日の長時間保育、“わくわくクッキング・Beansサラダ”と称し、サラダをつくっておやつに食べると言う内容でした。自分で枝豆から豆を取り出し、レタスをちぎり、ボールの中でドレッシングと和えて、美味しそうなサラダの完成です。自分たちでつくった、美味しい野菜サラダ、あっという間に食べてしまい、おかわりの行列が出来ました。お家で食べるのとの何かが違うのです。(経験ありますよね)
 食べることだけではなく、題材は無限にあります。只、お子様をお預かりするだけの長時間保育では無く、ふじようちえんの長時間保育は、“みんなが一つの大家族”のように、育ち合い、学び合い、支え合いながら過ごしています。これからも、みんなの育ちに役立つように頑張って参ります。

園長だより vol . 108 (2012.4.27)
by 園長 加藤積一 | 2012年4月27日 10:41 | 園長だより

2012.4月9日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 ご入園、ご進級、おめでとうございます。
4月に入り、子どもたちの新たな出発を祝福するかのように、待ちに待った桜も咲き、希望にあふれる輝かしい春を迎えています。街では、こぶし、モクレン、ヒヤシンス、チューリップ、紅梅そして桜が同時に咲いて賑やかになってきました。
確かに、少しゆっくりやってきた春ですが、その分、いろいろな花が同時に咲いて、楽しみも増えましたね。春は好きなのですが、油断はできません。春の“4K”ってご存知ですか? 乾燥、強風、花粉症、気温の変化を4Kと言うのだそうです。
お体、ご自愛下さい。

 入園式を行い、新たに222名のお友だちを迎え入れることが出来ました。新入園児たちの目は、これから始まる幼稚園にワクワク、ドキドキ、期待と不安を持ちながらも、キラキラと輝いていました。そして本日、始業式を行い、みんなで新しい年度を力いっぱい踏み出すことが出来ました。
 新年度も、教職員一同、力を合わせて、子どもたちの育ちに役立ち、貢献できるように、精一杯がんばって参ります。どうぞよろしくお願い致します。

≪言葉の力≫
 『三つ子の魂、百までも』という諺がありますが、幼児期に身に付けたことや習慣、癖は、一生に渡ってそう変化するものではない。または、変われないと言うことを指している言葉でもあります。良い癖が付けばいいのですが、人間は得てして、悪い癖の方が早く吸収して身に付いてしまう傾向がある生き物のようです。
特に、初めて経験する集団生活の中では、良い癖、悪い癖、それぞれが混在し、何事も真似ることが多いため、ついつい悪い癖を吸収してしまうことも起こります。そのような時こそ、私たちが修正し、正しい事を伝え、良いことを癖になるまで日常化してもらえるように促します。つまり、私たち大人が手本を見せなくてはなりません。やがて、あらゆる状況の中、子ども自身で判断し、吸収し、良い癖付けを自分のものにしていくようになります。
 『三つ子の魂、百までも』、私流に言いかえれば、『幼児期は、一生ものの始まり』と言うことです。幼児期こそ、良い癖を付ける絶好の機会なのです。先日、幼稚園正門のボードに掲示した『手本となる、カッコイイ大人になりたい』と言う言葉こそが、私たち教職員が日常的に心がける姿勢を示しているものなのです。
 また、癖付けには、行動の癖付けと心の癖付けがあります。この心の癖付けこそが、重要だと思います。心の癖付けとは、考え方の癖付けとも言えます。何か事が起こった時に、大変だ!!とマイナス面を思うか? チャンスと捉えプラスに思うか? 天と地ほどの差が出ます。幼い子どもの心の癖付け形成に大きく影響するのが、ご両親の言葉や会話のようです。子どもの心の癖付けは、日々の親の心の癖で決まると言うことですね。親になるのも、親をやるのも修行ですね。

平成24年度1学期始業式 園長だより vol. 107 (2012.4.9)
by 園長 加藤積一 | 2012年4月9日 14:07 | 園長だより

2012.3月16日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 春まだ浅い今日この頃、皆様、いかがお過ごしですか?
年少さんのクラスから、♪はぁ~るょ、こい、はぁ~やく、こい…という元気な歌声につられ、口ずさんでしまいました。今年は、この歌声が、寒さゆえ、いつもより心に伝わります。ゆっくりしている春に、みんなで催促の電話でもかけたいですね!
 穏やかな陽気の中、サクラやチューリップが咲き、その中を子どもたちが走り回る姿を早く見たいですね。時期は、卒園、入園の季節なのですから…花はつきものです。
 
 本日、園庭にて全園児が一同に集まり、修了式を行いました。修了式では、子どもたちに一年間の終わりは一つの区切り、竹に例えれば、節にあたることをお話しました。「竹は節があって強くなるもの、毎年毎年節を一つずつ節が出来て、雨が降っても、風が吹いても、ましてや台風か来ても倒れない強く大きな竹へと成長していくのです。皆さんも竹と同じように、一年一年過ぎるたびに節をつくり、強く、大きくなっていくのです。そして、新しい節になることは、新しいお友だちができることでもあります。いままで仲良くしたお友だちとも仲良くしながら、新しいクラスでもいっぱいお友だちをつくって下さい」とお話しました。お子様と話すときのご参考までに。でも、園長先生のお話なんて、忘れているでしょうね。それでも、私は伝え続けます。

 平成23年度を無事に終えることが出来ました。これもひとえに、ご父母様、ご家族様、藤の会本部はじめ各チームご担当の皆様方の日頃からのご理解、ご協力のお陰と心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
 来る新年度も、教職員力を合わせ、子どもたちの育ちに全力を傾けて参ります。
引き続きのご理解ご協力、どうぞよろしくお願い申し上げます。

≪分ける力は、生きる力≫
 先日、お誕生日会をしました。3月生まれのお友だちにとっては、待ちに待ったお誕生日会。そして、各クラス最後のお誕生日会でした。特別、ということで、奮発して各クラスのグループごとに一本のロールケーキを用意し、子どもたち自らプラスチックのナイフで切り分けて食べるということをしました。
 一つのものをみんなで分け合う事が少なくなっている今、あえて分けざるを得ない状況をつくることを大切にしています。子どもたちで分け合う体験の中に、物理的な量としての平等に分配することと、分けることによる他者への思いやりの心を育むことに役立つと思っています。
 ちなみに、園西側に実っている昔ながらのすごく酸っぱい夏みかん、各クラス一つもぎ取り、35人で分けて食べてみました。大きい!!小さい!!と言いながら分けています。見た目、目見当で感覚的に大きさをそれぞれに調整をしています。この目見当感覚こそが、立体認識能力とも言うべきものも育てているのです。私も大好きな、ロールケーキが子どもの育ちに役立っていますね。IT時代に恐縮ですが、見た目感覚、目(め)見当(けんとう)、塩梅(あんばい)、加減の感覚こそ、生きている人間の感覚ですよね。大切ですね。
≪幼稚園の玄米給食≫
ふじようちえんの給食が、あるメルマガに取り上げられました。以下、ご紹介します。

 幼稚園・学校の給食は食育の機会です。OECD(経済協力機構)が2011年度の世界最高教育機関として認定した、ふじようちえん(東京都立川市)では、玄米ごはんを給食に取り入れています。万能食である玄米を食べる習慣を園児と家庭に提案するのです。玄米が体に良いことは、多くの人が理解しています。しかし、おいしくない、食感がよくないので食べないというのが現実だと思います。
その課題をふじようちえんは、以下の工夫によって克服しています。
1.玄米は丸1日水に漬け柔らかくする
2.食感を良くするために、もっちり度の高い白米を3割ほど混ぜる
3.白米は水に漬けない。
 丸一日水に漬けた玄米と合わせて炊くとちょうど柔らかさが均一になる。圧力鍋を使えば、玄米は単独でも、もっちりとした食感になります。しかし園児600人分の給食を賄うための圧力炊飯器への転換は大きな支出を伴います。そこで既存の炊飯器でおいしく炊ける手法はないかと工夫した結果、上記の手法を創造したのです。
ふじようちえんは、給食は選択性にしています。弁当を持ってきてもいいのです。だから園児に支持されない給食は成立しないのです。食育とおいしさとコスト維持との鼎立という条件が様々な工夫を生み出すのです。

≪卒園児の皆さんへ≫
 ご卒園、おめでとうございます。本当にあっという間の3年間でした。
でも、その3年間にいろいろなことが出来るようになり、お友だちもでき、いろんな体験もしました。楽しく過ごした幼稚園の時間が、みんなにとっても、先生たちにとっても宝物です。この宝物を下さったのは、お父さん、お母さん、ご家族の方々です。感謝の言葉、『ありがとう』をいっぱい、いっぱい言って下さい。 
 砂場で集めたきれいな石ではありませんが、みんなこそ、光り輝く宝石なのです。でも、そのまま何もしないと光りません。好きなことを見つけること。そして、ずっとずっと磨き続けること。そうすると、それぞれの光が出て、輝き始め、周りの人や物、いろんなものを光らせる人になって行くのです。園長先生の願いは、みんなが自立して社会の役に立つ人になることです。

 いつまでもいつまでも、ふじようちえんは、みんなの故郷です。大きくなって、お父さんやお母さんになってから、幼稚園に戻って来てみて下さい。そしてその時、みんなに子どもさんがいたら、その子に言ってあげて下さい。『お父さんは、お母さんは、ここで遊んだんだ。そして、ここでいろんなことを覚えたんだ。ここが、ふるさと、私が育ったふじようちえんなんだ!!』と。ご卒園、おめでとう!! 前へ、進め!!

 本年度も、この園長だより、駄文にお付き合い頂きましてありがとうございました。
引き続き、日常の中にある子どもの育ちを見つめつつ、お伝えしようと思います。
 
園長だより vol.106 2012.3.16
by 園長 加藤積一 | 2012年3月16日 10:25 | 園長だより

2012.3月1日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 例年なら、水ぬるむ春、梅の開花も話題にのぼるところですが、一向に春の兆しは無く、むしろ、真冬に逆戻りしたかのような寒さの日が続いています。先日、青梅市に行ったら、『梅まつり』の看板はありましたが、梅の花は咲いていませんでした。これじゃ、梅まつりも困っちゃいますね。
 また、昨日は朝からの雪が降り、登降園時での安全も考慮して休園とさせて頂きました。子どもたち、ご家族様にご迷惑、ご不便をおかけすることになり、大変申し訳ございませんでした。なんと、園庭中央で25cmも積もりました。
 そして、今、園庭、屋根の上に子どもたちが走り回り、夢中で雪合戦や雪だるま、かまくら作りをしています。雪のすべり台も出来上がり、みんなで滑って、雪を存分に楽しんでいます。その分、お洗濯ものが増えてしまいましてごめんなさい。
 雪が降り、まだ春は遠くに感じます。今年は、みんなで寒さに耐え、春の訪れを楽しみにすることにしましょう。皆様も、お体ご自愛下さいませ。

 先般の劇発表会、お忙しい中、多くの方々にお越し頂きまして、ありがとうございました。親として、家族としてお子様の成長をそれぞれに確認する時間となったことと思います。そして、子どもの育ちに親が出来る事も感じて頂けた?かとも思います。“演じるのは子ども、親は見守ってあげることしかできない”とお伝えしてきましたが、劇発表会の会場に代表されるように、親子間の距離やその関係は、子どもが成長する様々な場面でも、基本的に同じではないかと思います。
 そんな思いを心の片隅において、親をやって頂けたら、子どもがより素晴らしく育つような気がしています。(独り言です)

 先月来、インフルエンザの流行で、その拡がりを防ぐために学級閉鎖や登園自粛のお願いをしましたとところ、皆様にご協力頂きまして、本当にありがとうございます。お陰様で欠席者数も減り、インフルエンザの流行も終息に向かったようでした。が、またここにきていくつかのクラスが学級閉鎖になるという状態になりました。インフルエンザA型が終わり、今度はインフルエンザB型が流行っています。園でも毎日の状況をお伝えしつつ、その予防と防御をしつつ、蔓延をどうにか防ぎたいと手洗い、うがい、部屋の換気等々を実行しています。ご父母、ご家族の皆様も、うがい、手洗いをしつつ、みんなで充分用心しながら、終息をするまでご協力の程、よろしくお願い致します。

≪やる気は続くよ?いつまでも≫
 『ランドセル買ってもらった!!』『学習机も来たよ!!』年長さんの部屋に入った時、多くのお友だちがキラキラした目で話してくれました。とうとうそういう時期ですね。
 私も興味があり、ランドセルはどんな色?と聞いてみると、従来の赤や黒をはじめ、紺、ピンク、グリーン、キャメルにピンクの縁取りしたもの、ストライプ模様とか…なんと豊富な色とデザインでしょう!! 想像するだけで、楽しくなりますね。そこで、また質問してみました。『ランドセルに学習机、後はお勉強するだけだね。小学生になったら、いっぱいお勉強する人!!』と尋ねたら、ハーイと全員手が上がりました。(写真を撮っておきました)
やる気満々、この意欲をずっと、ずっと持ち続けて欲しいですね。
 我が子の入学時、学習机を買ったんですが、宿題は茶の間のコタツでやっていたし、学習机の上は、何とかカードでいっぱいだったし、やる気と学習机、我が家の場合、中々、正比例しなかったと言う思い出があります。(我が家だけですから…)

≪遊びで育つ≫
 ある日の屋根の上、“たかおに(高鬼)”をしている子どもたちがいます。鬼に捕まらないように、それぞれに大きな四角い箱のような台(換気口の台)に駆け上がり、みんなで『キャー、キャー』騒ぎながら鬼から逃げています。屋根の上には遊具はありませんが、子どもたちは、それぞれ遊びを見つけ、ルールを決めて楽しく遊んでいます。特に、3学期になって、『何して遊ぶ?』の声から始まり、誰かがリーダーになり、役割も決めて計画を立てたりしています。お昼ごはんの時、そんな話をしながら食べているのを耳にしました。遊びながら子どもは育つと言いますが、遊びの中に、特に友だちとの関わりの中に、いろいろな育ちの要素が具わっているのです。遊びは、子ども、いや、人間を育てるための素晴らしい機能なのかもしれませんね。

≪小学校訪問と優しさ≫
 先日、年長さんは、近くの小学校を訪問させて頂きました。九小では今年、新入生をお世話する担当学年、今の5年生が手づくりの入場門を作って迎えてくれました。整列、あいさつの後、それぞれに5年生とチームをつくった年長さんは、たくさんの新聞紙をくず山に見立てた山の中から何枚かの絵カードを探しだし、一枚の絵を完成させるというゲームをしました。宝探しの要領で、手をつなぎ、一緒にゲームをして、みんなとても楽しそうでした。また、わずかな時間なのに、とても仲良くなっていました。5年生の皆さんもとても丁寧に、優しく接してくれました。

 本当に優しいなと感心し独断と偏見で勝手に“その優しさ”を分析してみました。確かに、今は兄弟姉妹が少ないし、兄弟姉妹の年齢差も2~3才位で近いというご家庭が多いのではないでしょうか?以前より、歳の離れた子どもたち同志が接する機会が少ないのだろうと想像しました。5年生にしても、5才離れた弟妹ぐらいの子どもたちとふれ合うことは、年下の子に“その優しさ”を発揮するチャンスだったのだと思いました。同級生同士では出せない優しさを活かせたお兄さん、お姉さんもたくさんいたことでしょうね。その証拠に、その後のゲーム、ジャンケン列車では、みんなでつながり、みんなとても嬉しそうに笑顔で楽しんでいました。
 さらに、幼稚園に帰って来てから、『早く、学校に行きたい!!』という声が多く上がり、益々、新一年生気分が増加したようです。

園長だより vol.106 (2012.3.1)
by 園長 加藤積一 | 2012年3月2日 18:26 | 園長だより

2012.1月31日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 本当に寒い日が続きます。幼稚園近くの温度計は、朝、-6℃を示していました。
2月は、一年のうちで一番寒い季節、暦の上では春ですが、まだまだ寒い日が続きそうです。皆様、いかがお過ごしでしょうか? 暖かくして過ごされて下さいね。

 今、藤幼稚園でも、TVニュースで伝えられている都内の各幼稚園、小中学校と同様に、先々週以来、インフルエンザが流行っています。手洗い、うがい、マスク、発熱への初期対応、さらに学級閉鎖等をさせて頂いた中、その終息に向け対応しています。今日現在、幸いにもお休みのお子様も減少傾向で、近づいた劇発表会へ向け、みんな揃っての練習もしています。突然の学級閉鎖、ご家族の皆様には、お仕事やご予定のやり繰り、変更等々あったことと思いますが、ご協力頂きまして、ありがとうございました。ご迷惑おかけしたことをお詫びするとともに、心より感謝申し上げます。
 今後とも、集団活動の場でもある幼稚園ではありますが、インフルエンザの蔓延を防ぎ、お子様の安全・健康を確保する事を一番に考え対処して参ります。まだまだ、油断はできません。園とご家庭で力を合わせて頑張りましょう。
 今回は、2月の行事である、節分、劇発表会、交通安全教室について、その一端をお伝えさせて頂きます。

≪豆の数≫
 今年も年長さんは、豆まきを阿豆佐味天神社の境内をお借りして行います。身近な神社での楽しい豆まき体験、お時間のある方は、どうぞお越し頂き、ご見学下さい。
 節分と言えば、季節の分かれ目、新しい年が始まる立春の前日、つまり、一年の最後の日にあたり、この地域でも節分を“年取り”と呼ぶご老人もまだ多くいます。
 幼稚園では、節分の行事を豆まき中心に、鬼のお面作りをしながら過ごしています。鬼と言う「悪」を追い払うこと、目に見えないものに対する体験を通して、心の成長を試みようと考えています。豆まきの豆は、福豆といって節分の夜に歳より一つ多く食べます。翌日の立春で一つ年を重ねるので、来年の分も食べておく訳です。
 話は変わりますが、あるアメリカのモンテッソーリスクールの廊下壁面には、子どもたちが自分の家族を紹介している絵が掲示されていました。例えば、父・母・本人・妹の4人家族としたら、1歳を1cmにして、お父さんは36cm、お母さんは32cm、本人は6cm、妹は2cmというように棒グラフになっているのを見たことがあります。これは、モンテッソーリ教育の「数を量で理解する」(ここでは年齢を長さで学ぶ)算数の概念と理解しました。偶然にも、福豆を食べることは、これと似ています。
例えば、ご家族一緒に福豆を食べる機会があったら、各々の豆の量を手にとってみんなで比べて見て下さい。多い少ない(年齢)を量(豆の数)で認識できます。日本の昔からの風習が、意外なことにモンテッソーリ教育と結び付たりしているのです。
美味しく食べながら、年齢の概念を学べるのです。また、おじいちゃん、おばあちゃんがいらっしゃれば、昔の話を聞く場面にもなります。そういうことを通じて、お年寄りへの尊敬心の芽生えに繋がればいいですね。
このように、日本文化は、色々なことが深く無駄なく効率的に組み合わさっている点からも、質の高さを感じます。想像ですが、昔の日本の生活は,日常の中にあるものから、教育とか、生きていく知恵を伝えてきたのですね。
 私たちも出来るだけ、日常の中にあるこういう視点を忘れずに子どもたちに伝えていこうと思います。

≪親も育つ、劇発表会≫
 もうすぐ、劇発表会です。子どもたちは、力を合わせて一所懸命に練習しています。
最初、劇のお話を理解し、そして、自分の役になりきり、台詞を覚え、出番を待ち、立ち位置を確認し、自分の台詞を言う、台詞を言う順番に緊張したり、歌ったり、踊ったり、人前で劇を演じることをしながら、みんなで劇を楽しんでいます。
きっと、当日は、練習で頑張った以上に、達成感、満足感、そして、それぞれに自信がつくことでしょう。演じて育つ、それぞれの自立への一歩になると信じています。
 ただ、この劇発表会、残念ながら親がいくら心配しても、演じるのは子どもなのです。親は、観客席からは見守るだけで、何もしてあげられないのが現実です。結局、親って、育っていく我が子を見てあげることしかできない存在なのかもしれませんね。それも、いつも一番近くにいて・・・。でも、心配する親の気持ちをよそに、練習の成果を発揮して、しっかり演じてくれることでしょう。ご家族で、お子様の成長、そして、劇をハラハラ、ドキドキ、暖かく見守って頂ければうれしいです。

≪信号機と右・左・右≫
 例年にならい、交通安全教室を、立川警察、安全対策チームの皆様のご協力のもと、予定しています。お忙しい中、お世話になりますがよろしくお願い致します。
 『子どもの交通事故は、意外にも信号機のある横断歩道で多いんです』と知人から聞きました。何で、信号機があって事故が多いのか?と尋ねたら、子どもは、信号機の色が渡っていい青色になって渡ることは、みんな知っています。しかし、中には、車用の信号機が青から黄色、黄色から赤に変わるギリギリを通過しようとする車もあるのです。そんな時、歩行者用の信号が青だからと言って、渡り始めると・・・大きな事故になります。信号機は、あくまで信号機(手段)であり、大切なことは、右見て、左見て、また右見て車が来ないことを自分で確認して渡ること(目的)なのです。これは、社会の中でもよくあることです。システムとかマニュアルとかを立派にし、完全にすることばかりが仕事になってしまい、本当の目的を見ていないことがあるのではないでしょうか?
 幼稚園で言えば、園舎や庭、保育室や教具等々は、あくまで子どもが育つための道具であり、手段なのです。大切なことは、そういう環境の中で子どもたちの育ちをしっかり見守り、子どもたちが本来持っている育つ力を十分に発揮させ、各々の自立に役立てるようにすることなのです。
まさに、右見て、左見て、右見て渡る・・・ですね。
                   
園長だよりNo.105 (2012.1.31)
by 園長 加藤積一 | 2012年1月31日 19:02 | 園長だより

2012.1月10日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
未来につながる希望を信じ、実現に向かって歩む年としたいものです。

 寒さも厳しくなり幼稚園近くの温度計は朝-5℃。皆様、お元気でお過ごしですか?
始業式の朝、幼稚園の正門まで走って登園してくる子どもたちを見て、冬休み中、幼稚園に来るのを楽しみに思っていてくれたことを感じました。その気持ちに応えるべく、3学期も子どもたちの育ちを大切に見つめつつ、安全第一に過ごしていけるよう教職員一同、力を合わせて頑張って参ります。どうぞよろしくお願い致します。

≪お手伝い・約束≫
 お正月、5日の早朝、預かり保育に来られたお母さんに、『園長先生、冬休み、お手伝いしなさい』と話されましたか?と尋ねられました。『はい』と答えると、実は、『急に、この子がお手伝いする』と言って、餃子づくりを手伝い始めたとのこと。
確かに、終業式で、『何でもいいから、一つ、お手伝いをしましょう』『お年玉をもらったら、きちんと挨拶し、お母さんに渡すこと』『交通安全のこと』の3点をお約束させて頂き、冬休みに入りました。お友だちは、お手伝いを実践してくれました。“お手伝いすること”も大事ですが、それ以上に、“約束をしっかり守ったこと”にお友だちの確かな成長を感じました。素晴らしい新年のスタートになりました。

≪昔も今も、同じ!?≫
今回は、お正月にふさわしく、江戸時代の“子育て心得”をお伝えさせて頂きます。
 江戸子育て論のエッセンス『養育往来』   小川保麿 1839年(天保10年)

第一条 ◇子育ての失敗は親の責任
 ○幼少から体に染み込んだ気随は、どうして容易に直すことができようか。たとえば、最初に墨で染めたも
のを、後で急に白くしようと望むようなものである。親が子を育てなかったことを棚に上げて、子どもを折檻・打擲したり、親子喧嘩のあげくに子どもが家出をしたり、勘当に及ぶなどは、じつに嘆かわしく、悲しいことではないだろうか。

第二条 ◇先ずは親の姿勢を正すべし
 ○そもそも子どもに教えたいと願うのなら、まず、親自身の身持ちを正しくし、奢りを慎み、万事倹約を心がけて、分相応な考え、つねに質素に育てよ。
 ○子どもの教育には、親の気持ちを正しくすることが肝心である。

第三条 ◇愛情をはき違えるな
 ○一切の所作・挙動・衣食・言語にいたるまで、一言の良い言葉も聴かず、わずかの良い事も見ず、気随・気侭を良しとして正しい行いを教えないために、その風俗が習慣となり、さらに一生を誤る結果となる。ああ、どうしてこうすることが子どもへの愛情と言えようか。これらは皆、ことごとくわが子をダメにするばかりで、これを「曲愛」という。
 ○父母が子を養うだけで教えないのは、子を愛していないからである。また、教えてきびしくしないのも、子を愛していないからである。父母が教えても子が学ぼうとしないのは、みずからを愛していないからである。子が学んでも実行しないのは、やはり、みずからを愛していないからである。

第四条 ◇早く善意を教え、悪を厳しく戒めよ
 ○子どもは、善悪に染まりやすく、育て方によってどのようにもなる。
 ○子どもは物事に心が移りやすく、白糸が染まりやすいように、見た通りのまねをしてしまう。だから、子どもの良い行いはずいぶんと誉め、悪いことは堅く戒めなくてはならない。
 ○幼時より善い道をきびしく教え諭すべきであり、悪いことは堅く禁じるべきである。
 ○まず4・5歳から添え木をして、勝手気侭な悪い枝葉が蔓延らないように、不行跡やわがままをさせずに、「それはそうしないもの。これはこうすべきこと」と一々申し聞かすが良い。
 ○横着・無道の悪行を少しも許してはならない。何事にもよらず悪い行いがあったら厳重に戒め、二度と繰り返させてはならない。

第五条 ◇苦労させ、わがままを許すな
 ○本当に子どもを愛するなら、子どもに身勝手や気侭をさせず、すいぶんと辛労をさせ、きびしく教え育てるべきで、これこそが子どもを深く愛する親心である。
 ○元来、子どもは素直なもので、どれほど窮屈にしても、最初からの習慣で、思う程の苦労はないものだ。

第六条 ◇礼儀作法をしっかり教えよ
 ○八歳からは行儀を教える。門戸の出入り、食事のときや寝るとき、また、来客時や歩行中の礼儀など、それぞれの場面で挨拶ができるようにする。何度も年長者に後れるようにし、祖父・祖母・父・母・兄・姉など家族の者を尊び敬う道を教えよ。また、嘘偽りを言ったり、善悪を隠したり、食べ物に口賤しいことを堅く戒めよ。以上が子どもにとって第一の教えである。

第七条 ◇友人や遊びを吟味せよ
 ○選ぶべきは日頃の友人やふだんの遊戯である。かりにも遊女や博奕の所へ行かせてはならない。また、軽薄浮気の者を友にさせてはならない。決して無益の遊芸を教えたり、無用のもてあそび物を与えたりしてはならない。
 ○子どもの遊戯だからといって善し悪しを吟味しないのは、子どもを教育する道ではない。

第八条 ◇教師と親が心を一つにせよ
 ○師匠が如才なくしっかり教えても、親がきびしくしないと、子どもは一生懸命に学ばず、怠りがちになって、年をとってから後悔する者が多い。だから親と師匠の慈愛の気持ちを一つにして子どもを教育すると、子どもの学問は必ず成就するものだ。
 ○子を養って教えないのは父の過ちである。教えてもきびしくしないのは師の怠りである。父が教えて、師がきびしいのに、学問が成就しないのは子の罪である。そうはいっても、教えて成就しない子は少ない。

第九条 ◇学問の目的を見誤るな
 ○たまたま学問に進んでも、人たる道を教えない、単なる名利目的の学問で、どうして道理をわきまえられ
ようか。どうして身の行いに有益であろうか。
 ○道に背いて金銀・財宝を積み貯え子孫に残すよりは、むしろ聖賢の教えを学ばせて、己を修め、人を治める道を教えよ。

第10条 ◇子育ては試行錯誤の連続(誠の心で向き合え)
 ○誠意をもって考えれば、目的にぴたりと合致しないまでも、おおきな見当違いにはならない。子を養うことを学んでから結婚する女性はいないが、親子の心というものは自然と通い合うものだ。

いかがでしたか?不思議と現代にも通じ、私には、耳の痛い事ばかり…ご参考までに。

園長だよりvol.104 (2012.1.10)
by 園長 加藤積一 | 2012年1月10日 10:15 | 園長だより

2011.12月22日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 年の瀬が近くなり、慌ただしさが一段と増してきました。
皆様、いかがお過ごしですか? 寒さが、さらに強まる時期、お体ご自愛下さい。

 冷え込んだ冬の朝、「よいしょ!! よいしょ!! よいしょ!!・・・」子どもたちの元気な声が幼稚園に響いています。『いつまでも続く掛け声に、振り上げた杵を止めることが出来ず、ついつい頑張ってしまいました』と、筋肉痛の腰を手でたたきながらお父様たちが話しています。しかし、その横顔には、どことなく満足感も伺えました。
 早朝より、ご父母の皆様にご協力を頂き、たくさんのお餅をついたり、丸めて頂き、本当にご苦労様でした。お陰様で楽しく、そして美味しく、無事にお餅つき大会を行うことが出来ました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 先日、先生方に、『お餅つき、したことがありますか?』と尋ねたら、幼稚園か、地域の子ども会で経験したと言う先生が多くいました。つまり、幼稚園で体験をしないと一生お餅つきを体験しない、と言うことなのだと想像できます。
 改めて考えてみると、現代社会、このような歳時記、日本の文化を伝えられるのは、少し大袈裟かも知れませんが、幼稚園だけなのかも知れません。特に、全国各地域に存在する幼稚園は、その地域、地域の文化、風習、伝統等々を、体験し、次世代に伝える場として大事な役目があるのではないのでしょうか。私も歳時記、行事は、大事にしたいと思います。美味しい伝統行事は特にですよね。

≪幼児教育こそ国をつくる力≫         
 今回は、幸運にも、雑誌『致知』2011年11月号に掲載された私の文章をお伝えさせて頂きます。

「遊びと学びと建物が一体となった世界的にユニークな建物」
このような評価をいただき、昨年、私が園長を務めるふじようちえんはOECD(経済協力開発機構)が主催する学校施設の好事例最優秀賞に選ばれました。
 2007年に園舎全体をリニューアルした当園は、広い芝生の園庭を囲むように建てられたドーナツ型の平屋の園舎に、約600名の園児たちが思い思いに遊んでいます。
 1971年開園、園舎は築30年を経過した頃から雨漏りもしてきました。そのような状況下で、2002年に新潟県中越地震が発生しました。そのニュースをテレビで見ていた時、「子どもたちに万が一のことがあったら……」という不安が私の危機感を煽り、園舎改築を決めたのです。
 さっそく知り合いの建築関係者に設計を依頼したのですが、私にはどうしてもしっくりきませんでした。私の考えていた「素朴で本物」「自然を感じ、自然とともに成長する」というコンセプトが感じられなかったのです。結局、折り合いがつかず断念しました。旧園舎は、武蔵野の面影を色濃く残す豊かな自然に包まれ、どことなく懐かしい、あたたかな空気が流れていました。そんな雰囲気を気に入ってくださって、入園を決める親御さんも多かったのです。だからこそ、目に見えない大切な空気を残しつつ、これからの時代に子どもたちが育つ環境へより良く変化していきたいという思いが胸の内にありました。
 そんな時、偶然出会ったのがホンダ・ステップワゴンのCMやSMAPのCDジャケット等のデザインを手掛けたアートディレクターの佐藤可士和さんでした。
可士和さんの、「幼稚園や病院という“デザイン”の概念がまだ入っていない世界をデザインしたい」との言葉に、私たちはすぐに意気投合。建築家の手塚貴晴・由比ご夫妻の協力もいただき、改築プロジェクトは始まりました。
「子どもは遊びが仕事、遊びが学び」という観点で、私が溢れんばかりの想いを伝える。それを可士和さんが整理して必要な情報を抽出し、手塚さんが形にしていく。
そのように三位一体で進めていった結果、「園舎そのものが巨大な遊具」というユニークな園舎が完成しました。
 園舎には子どもが育つための様々な仕掛けが施されていますが、中でも皆さんが注目されるのは、園舎の屋根の上が円形の運動場になっていることです。
ある時、可士和さんが旧園舎を眺めながら、「あの屋根の上を子どもたちが走ったら気持ちいいでしょうね」と言いました。「いや、危なくてそんなことはさせられませんよ」と私はすぐに否定したものの、よく考えてみると自分の小さな頃は、しょっちゅう木登りをしたり、近所の家の屋根で遊んだりしたものでした。
 手塚さんは当園のコンセプトを「ノスタルジックフューチャー(懐かしい未来)」と表現していますが、私が育ってきた昭和40年代の古きよき日本の姿を、安全性を確保した形で現代流にアレンジした一例が、「走れる屋根の上」です。子どもたちは、この屋根の上で全力疾走をしたり、鬼ごっこをするなど、とにかく元気いっぱいに走り回ります。一周は約180メートル、円形なので行き止まりがありません。そこを一日に30周したという園児もいるほどで、30周では5キロ以上にもなります。
ある大学生が、サッカー教室も行っている都内の幼稚園児と当園の子どもたちとの1日の運動量・歩数を比較したところ、驚くことに当園のほうが3倍も多かったという報告もなされています。
 大人からの強制も特別な遊具もなく、子どもたちが自分の意思でこれほど走り回りたくなる環境は、いまの都会の生活には存在しないのではないでしょうか。私たちは高度経済成長期以降、便利さを追求しオートマティックな社会を築いてきました。
手を出せば水が流れ、部屋に入れば電気がつく。自ら身体を動かし筋肉を使わなくとも、自動で何でもしてくれる世の中です。果たしてそれは本当に豊かな社会といえるのか?よく考えてみると、いまの社会は子どもが育つにはとても「不自由」な環境だと思うのです。自然の中に身を置き、本物の土や木、水や空気、一面に広がる空や風を感じながら、石に躓(つまづ)き転んだり、カブトムシを触って噛まれたりする。そうした実体験を通して、子どもは育っていくものだと私は考えています。
 私たちのミッションは「幸せな未来をつくること」です。いまここに通っている子どもたちには、将来、新しい世界を築いていってほしい。幼児教育はそのための土台づくりの場です。私は常日頃から、「“How to”で生きるより“To do”で生きる子どもを育てよう」と話しています。子どもには、処世の術を教えるよりも、自分は何をしたいのかという意志を持たせることが大切だと思うのです。

 私は,幼児教育には国をつくる力があり、世界を形成する力があると信じています。
今はまだ小さな力でしかないかもしれませんが、ゆくゆくは社会を変革する大きなエネルギーになると信じて、子どもたちの育ちに役立つ「道具」のような存在として
生きていきたいと思います。

 本年も大変お世話になり、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い致します。来たるべき新年が、皆様の願いが叶う年となりますように、お祈り申し上げています。

園長だより vol .103 2011.12.22
by 園長 加藤積一 | 2011年12月22日 14:18 | 園長だより

2011.11月30日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 小春日和のような晩秋の午後、緑の芝生に覆われた園庭に、スズメたちが賑やかに餌を啄ばんでいます。そのスズメたちも、子どもたちが部屋から出てくる気配を感じ、一斉に飛び立ちました。やがて、元気な子どもたちの声があちこちから聞こえ、外遊びの時間になりました。今度は、まるで大きなスズメたちが、やって来たかのような賑やかさです。まさか…この風景が、舌切雀のスズメの学校の由来なのでしょうか?
 本格的な冬が近づいていますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?

 集団で過ごす時間が長い学校や幼稚園では、風邪等が流行る季節です。うがい、手洗いを心がけ、風邪等ひかないよう、他の人にうつさないようにみんなで注意しましょう。合わせて、体調管理もしっかり行い、早寝、早起き、適度な運動をして、心身ともに元気で過ごせるように鍛えておきましょう。

≪魔法の大根≫
 先日の大根掘り、子どもたちは、自分の背丈よりも大きく育った大根を持ち帰りました。ふろふき大根等々…それぞれのお料理で召し上がって頂けたことと思います。その後、各ご家庭からの『美味しかった!!』の声に、私の心が温かくなりました。
スマイルファームの作物が、皆様に喜んで頂けることに心より幸せを感じています。
 『大根を食べると、風邪引かないんだよ!!』と大根掘りの時、子どもたちに伝えました。私が言うことだから、子どもたちも半分ふざけて『えぇ~、ほんとに!!』なんて反応です。私も、本当かどうか?知りませんが、子どもの時、親から言われた記憶があります。大根をあまり食べない私に大根を食べさせようとする言葉かも知れません。まぁ、どんな形でもスマイルファームですくすく育った大根、新鮮な内に美味しく食べてもらえたらうれしい限りです。
 ちなみに、自分で抜いた大根をお家で料理してもらい食べた子は、みんな大根を食べられるようになり、大根好きになるようです。それまで、大根の“だ”の字も言わなかった子が、自分で抜いた大根を愛しく思い、食べるようになり、美味しさを実感するからでしょう。実体験を通した育ち、学び、本当に大切ですね。

≪乾燥イモで、育つ≫
 冷たい風に震える朝が多くなってきましたが、この寒風と日差しを利用して、今、幼稚園の屋根の上では、乾燥イモ、切干大根、干し柿作りにチャレンジしています。
 わずかですが、スマイルファームで育てた、乾燥イモ専用のサツマイモ、蒸かして、皮をむいて、スライスして、並べて干して、一週間で完成。作り方は、単純ですが、これで甘く美味しい乾燥イモが出来上がる予定です。ちょっとつまんでみたら、とても甘く、美味しかったです。さらに甘みを増す乾燥イモ、出来上がりが楽しみです。
 今、子どもたちの育ちに貢献する幼稚園のランチとして、玄米や胚芽米、五穀米、十穀米、麦飯、古代米等々を取り入れ、特に味覚が整うこの時期に、お米本来の味を感じ、味わってもらえたら、また、よく噛むことを通じて、顎の成長に役立てればと思い食べています。子どもたちも、楽しく食べています。ファミリーランチで、召し上がって頂く機会がありますので、よろしくお願いします。
 さて、この乾燥イモ、昔から“おやつ”として、保存食として食べられて来ました。乾燥イモを通じて、素朴な物の中にある、本物が持つ美味しさを味わってほしいし、何よりも、見かけはあまり良くないけど、噛めば噛むほど甘くなる、そんな食べ物もあることを、今の子どもたちに知っておいてほしと思っています。
 普通のさつまいもでも、乾燥イモが出来ます。どうぞ、お試し下さい。ただし、出来上がるまでは、つまみ食い無しです。出来上がるまでに、ほとんど食べてしまったと言うことが無いように…。

≪引っ張る力、押す力≫
 よく使う表現に、“袖を引っ張る”とか“背中を押す”とい言うものがあります。比較的、友人、知人等々、人間関係が基礎にあり、その関係の中で使われることが多い言葉のようです。実はこの表現言葉、親子関係にも当てはまる様です。
 私事で恐縮ですが、先日、高校生の息子が、中間テスト当日の朝、一夜漬けのテスト勉強の成果か?朝、中々起床出来ず、ぐずぐず寝ていました。定刻の電車に間に合いそうもありません。そして、まだ寝ています。テストは、息子のこと、遅刻するのは本人だからと構えていた私ですが、やはり私も人の親、本音では遅れては大変だと言う思いがあったのも正直なところでした。心の中では『眠くて寒い中、自転車で行くのは大変だし、私が送って行ってあげるようかな? テストだし、遅刻はさせられないし…最後は、仕方ない、送って行こう』という助け舟を出してあげようかなという思いでした。何度も息子の部屋に行き、起こしました。あまりにも起きないので仕方なく、『駅まで車で送って行ってあげるから、早く起きろよ!!』と言うと、息子は、スーッと起きて眠たいながらも着替え始めたのです。それも素早くです。私の遅刻を心配する気持ちが、息子の起床をずるずると引っ張っていたのでした。息子としたら、最初から車での送りを決め込んでいて、まだ起きなくていいや、ギリギリまで寝ていればそのうち、私の『車で送って行ってあげるから…』と言う言葉が聞けるものと思っていたのですね。まんまと朝から息子の罠に、はまってしまいました。

 早く起きろと起こしている、つまり、息子にプレッシャーをかけて、押している様でいて、実は、思いっきり子どもの心を引っ張っていたようです。その証拠に、私が不在の朝、遅れそうになるとあたふたと自分で起きて、自転車で出かけて行くのです。   そこで、自戒の意味を込めて一言アドバイスです。
 子どもを自立させるには、ここぞと言う時には、息子、娘の甘えを呼び込むような隙を作らないこと、その為には、困っている我が子を見ても、見て見ぬふり、無関心を装う、遠くから見る、死んだふり…が有効!? です。
いかがでしょうか? おかしな言い方ですが“無視する力”親として結構、大事なのです。親になるのも修行ですね。

園長だより vol102 (2011.11.30)
by 園長 加藤積一 | 2011年11月30日 17:38 | 園長だより

2011.10月31日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 朝夕の空気にも冷たさを感じるようになった今日この頃、園庭の木々も少しずつ色づきはじめ、秋の深まりを感じます。
 皆様、いかがお過ごしですか? 季節の変わり目、お体ご自愛下さい。

 運動会やサツマイモ掘りにと、ご父母の皆様にご協力を頂きまして、無事終了することが出来ました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。特に、サツマイモのつる刈りには、急な連絡にもかかわらず、多くのお母様方にお手伝い頂き、本当に助かりました。からみつく“つる”と格闘し、汗もかくし…軽い筋肉通になった方もいらしたのではないでしょうか? つる刈りは慣れない作業で大変でしたが、翌日、サツマイモを見つけた時の子どもたちの嬉しそうな顔、土の中からサツマイモを掘り出した時の輝く瞳、そして、サツマイモを掘っている割に(?!)土だらけの顔…に出会ったら、前日の疲れもどこかに飛んで行ってしまいました。
今しか体験できないことをしっかりと体験できた子どもたちの育ちの光景でした。
 今年のサツマイモは、大きく、甘く、ホクホクしてとても良く育ちました。焼きいも、天ぷら、スィートポテト…ご家族で楽しんで頂けたら嬉しいです。

≪森のようちえんで感じたこと≫
 先日、友人の誘いで鳥取県の山間部、智頭町にある「まるたんぼう」という“森のようちえん”に行って来ました。幼稚園とは言っても、地域の子育てお母さんたちが集まりNPO法人として町にご援助して頂きながら運営されている、園舎、日課、遊具を持たない幼稚園なのです。
 子どもたちは暑い夏も寒い冬も豊かな森の中で感性を働かせながら遊びを作りだし、子どもの世界を心ゆくまでゆっくりとくりひろげています。大人はそんな子どもたちを温かく見守る“観察者”なのです。余計な手出しをなるべくせず、どんな時も子どもたちに考えさせる事で、自分で考え判断できる子どもに育てようとしています。

 訪問したのは、たまたま雨の日。朝、8:30ごろに町の造り酒屋跡地に約20人の子どもたちが親の車に乗って集まって来ます。みんな、上下雨具(子どもでも本格的なアウトドア用のもの)を着て、着替えとお弁当をリュックに入れ、長靴を履いています。いつも長靴を履いているそうです。その意味は、山の中で蛇に噛まれても長靴の方が防ぎ易いからだそうです。ちなみに、外で行う4月の入園式では、お祝いに、山で迷子ならないようにと『クマよけの鈴』がプレゼントされます。一個包装のカリカリ梅ぐらいの大きさの鈴が3つ繋がっている物です。
 そうこうしているとみんなが集まり、ガヤガヤしている子どもたちに先生が、『今日、どこ行くか決まったの?』と話しかけました。この町には、日本10大林業地の一つに挙げられるほど広大な森があり、その中に現在13か所の拠点(山、滝、渓流、牧場、山登り等々の遊びステージ)が存在し、毎日どこに行くかは、子どもたちが決めるとのことです。そんなこと子どもが決められるのかな?と思って見ていました。確かに、子どもたちの中で、多くの意見が出ています。例えば、Aちゃんは、渓流へ、Bちゃんは山登りへ、Cちゃんは牧場へ…という具合です。こんな時どうするのかな?と見ていたら、何人かの代表するリーダーらしき?子ども同士の話し合いが始まりました。聞いていると、だんだん決まってくるのが分かりました。結局、Aちゃんが『今日は、渓流に行くけど、この次は、BちゃんやCちゃんの言っているところに行くんでイイよね!!』と言う意見にそれぞれ納得し、この日は渓流場所へ行くことになりました。
 このように子どもたちの話し合いで決めると言う民主主義が成り立っているのです。ここを見学する事前説明で言われた大人の約束があります。『お口はチャック、手は後ろ、でも耳はダンボで聞いて下さい』と言う“子どもを見守る3原則”でした。
これは同時に子どもの自主性を伸ばす3原則でもあると思いました。また、ここでは言ってはいけない言葉があります。それは、『あぶない、きたない、ダメ、早く』です。確かにこの言葉は、親の都合、大人の都合で言っている言葉なのですよね。

 私も子どもたちと山を歩いてみました。山を歩けば、行く先々で、虫やクモ、沢ガニ、みょうがを採って教えてくれるし、落ちている栗を拾おうとすると、そこよりこっちの方が美味しいよと言って長靴を使い器用にイガを取ってくれたり、のどが乾いたら沢から落ちてくる水を汲んでくれるのです。こんな調子ですから、先生も余計な気づかいはしません。よく言う『トイレ大丈夫?』とは、誰も言いません。したくなったら、大丈夫そうな所へ自ら行き、必要ならばスコップで穴を掘って用をたすのです。服がぬれたら、リュックから着替えを出し、雨に濡れないところで一人で着替えるのです。実際、3才の女の子が約50分かかったけれど、全部自分でやっているのを見てビックリしました。やればできるんですね。
『子どもたちが本当に困った時は、どうするんですか?』と質問したら、『ここでは、子どもたちが本当に困っている時は、子ども同士が助け合って行きますよ』と答えて頂きました。

 様々な点から、現在の子育て、子育ち、教育、その環境等々に至るまで考えさせられることが多い研修でした。確かに、ふじようちえんと立地する環境は大分違いますが、共通することも多くあると感じました。特に“先生が中心ではないのがいい”ことや“子どもが育つところ”と言う幼稚園の意識、立ち位置が同じで何かうれしくなりました。
 私自身、鳥取県の山奥まで行くのは正直、ちょっと大変だなと思っていましたが、この森のようちえん“まるたんぼう”に行ってみて、保育の原点、子どもが育つことの本当の中味、先生の子どもに対する姿勢、私たち大人の役割等々まで、今一度見つめる機会になりました。そして、常に心がけることとして大切にしたいと思いました。
 今回は、森のようちえんのほんの一部分ですが、皆様の子育て・教育のご参考になれたらと言う思いでお伝えさせて頂きました。

園長だより  vol . 101 (2011.10.31)
by 園長 加藤積一 | 2011年10月31日 19:35 | 園長だより

2011.9月30日 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 雲ひとつない秋空に爽やかな風が流れ、とても気持ちがいい季節になりました。
今、園庭には、運動会の練習の為に、いくつもの直線や円が描かれています。運動会が近づき、子どもたちの踊りやかけっこにも熱が入り、描いた白線を日ごと書き直すぐらい、みんな一所懸命に練習を積んでいます。
 朝、『先生、見て、見て、ちゅんそく!?』と呼び止められ、何だろう?と思い振り向くと、足元を指差しているお友だち、そこには新しい靴がありました。
『これで走るとすごく速いんだよぉ~』と言いながら走って行ってしまいました。多分、買ってもらった“俊足”?だったのでしょう。もうすぐ運動会、“かけっこ”に寄せる本人やご家族の思いを感じました。今年の運動会プログラムは、運動会がそれぞれのご家庭で一生ものの思い出になってほしいと言う思いを込めて、運動会終了後にはフォトスタンドとして使えるように考えてみました。どうぞ、ご活用ください。
 食欲、読書、スポーツ、特に、運動会の秋を迎え、皆様いかがお過ごしですか? 

≪すごい台風!!≫
 幼稚園では、すでにご案内のように開園以来子どもたちの育ちを見守ってきたコナラ(ドングリの木)が大風の為、倒れてしまいました。私も生まれて初めて経験する本当にもの凄い暴風雨、風速40㍍の強風にコナラも耐えることが出来ませんでした。
大変残念ですが、怪我人もなく、木が倒れただけで台風が通り過ぎて行ったことを不幸中の幸いと受け止め、改めて感謝したい気持ちでいっぱいです。
今後とも、様々な状況を想定し、安全管理に心して取り組んで参ります。

 以前、ドングリの木のまわりには、砂場や鳥小屋、藤棚がありました。特に、藤の木(藤幼稚園のシンボル)が棚になっていて、子どもたちがその太いツルにぶら下がって、遊んでいたことや木の根っこのところを掘って、クワガタを見つけては興奮している子どもたちの顔、顔、顔…昨日のように思い出しました。ドングリの木が倒れたことは、園舎改築時以前から木の健康を心がけて樹木医さんにも診て頂いていたのですが…卒園児、そのご家族、多くの皆様の思い出も無くしてしまったようで本当に残念に思っています。
 でも、倒れてしまったものは元には戻りませんので、気を取り直してみんなで片付けました。片付けながら、コナラの木はシイタケの原木に適していることを思い出し、シイタケ栽培に適した長さにカットし、保管することにしました。今後、シイタケ菌の準備をして、ふじようちえん産のシイタケをランチで食べてみたいと夢見ています。
 さらに、年長組のお友だちがドングリの実を持ってきてくれました。これを土に植えて、またドングリの木を育てようと思ってくれたのです。本当にうれしいですね。
一昨日、しっかりドングリの実を植えました。みんなの思いが、大きな、大きな木に成長するものと信じています。でも、その時は、みんながお父さん、お母さん、かな?
なんだか?どんぐりの木は倒れましたが、今度はどんぐりの木がつくる、ふじようちえんとの永い、永い付き合い方を教えてくれているような気がしています。
≪園長だより100号で、1号をふりかえる≫
 毎月、幼稚園やお子様の様子を伝えようとはしていますが、ついつい話が横道にそれて恐縮しています。こんな園長だよりも回を重ねて、100号を迎えることが出来ました。皆様には、いつも駄文にお付き合い頂き心より感謝申し上げます。
先日、資料を整理していたら、なんと、“園長だよりvol .1”を見つけました。
 約9年前のこと、今と言っていることがあまり変わっていませんね。ぶれないと言うか、進歩がないと言うか…今回は、そんな気持ちを持ちながら、なつかしの“園長だよりvol .1”をご紹介させて頂きます。

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さて、みなさん、幼稚園の『園』って、元々の語源をご存知ですか? 一説では、日本に最初に幼稚園ができた時、その内容から最も相応しいだろうという点から、『果樹園』の園からきたと言う説です。なるほど、果樹が実るには時間がかかる…手間をかけてゆっくり育てる…将来の実りに期待と願いを込めて、今の状態に心を尽くす。
果樹を作ることが保育(子育て)にどこか似ている感じがします。また、もう一説には、『苑』の字からきたとも言われています。昔、中国では、鹿や孔雀が放し飼いにされている場所or走り回れる環境のところを示したものとして苑が使われていました。まぁ確かに元気に子どもたちが飛んだり跳ねたりしている光景は、多分にそれを想像させます。私は、幼稚園の園は、上記の『園』と『苑』の両方の意味を持っていると考えています。
 では、そんな園で私たちは、何を最優先に考えなければいけないのか?
最も基本的なことですが、最も大切なこと。朝、登園の時、大切な、大切な“命”をお預かりしているのだ、と言う意識が強くあります。それと共に、お帰りに間違いなくご家族のもとへ、大切な“命”をしっかりお渡しすること。これがすべてと言ってもいいくらい大切なことで命を預る責任を日々感じております。
 そんな中、どんな子になってもらいたいかと言うと「思いやりがあって自立した子どもに育ってほしい」と思っています。よく私は、(少し乱暴な言い方ですが)幼稚園は、サルが人間になるところという表現をします。これは、無力な状態の乳児から、誰が教えるでもなく、ハイハイ…そして歩き出し…言葉、それも日本語や英語、いろんな言葉でしゃべり出すようになります。たった3年位でいろいろなことが出来るようになります。これは、教えて何かができたということではなく、いつの間にやらできるようになったということです。即ち、この乳幼児期には、小学校などで行われている教師から子どもへスクール形式の教えるという過程ではなく、いろいろなことができるようになる原動力・源・エネルギーが、子どもの中に存在しているということを意味しています。そして、その自己成長発達力は、環境しだいで開花するものと確信しています。
よく言う「生きる力」は、本来みんな持っています。重要なのは、生きる力を燃やせる環境をつくること、個人として自立していく環境を整えることです。そして、それが保育にかかわる人の大切な役目のひとつと考えています。       
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如何でしたか?今も変わらず、今後も変わらず、どうぞよろしくお願い致します。
子どもたちの育ちのために、一所懸命に頑張ります。
   
園長だより vol 100(2011.9.30)
by 園長 加藤積一 | 2011年10月7日 11:00 | 園長だより