令和2年度 2学期終業式 園長だより vol 228 (2020.12.23)
2020年12月23日 / 園長だより藤幼稚園のご父母のみなさまへ
寒さも一段と増した冬晴れの日、屋根の上でしめ縄づくりをしました。脱穀時の稲わらを使っての手作りです。思いを込めたしめ縄は、お正月にやってくる年神様をもてなし、現世と神の領域を分ける『結界』として不純なものが入るのを防ぐという意味があります。9(苦しむ)1(一夜限り)は、縁起が良くないとされ、29、31日は避けて、27,28日に飾るのが無難。松の内が明ける1月7日にさげて、どんど焼きで炊き上げてもらうという流れです。日本の文化は、自然と神様を融合させて非常によくできていますね。
また、先日、お花屋さんで赤い実をつけた南天を見ました。「南天」は「難転」と当て字で表記できるため、昔から縁起の良い植物とされています。災難や難関を転じる、という意味にもなる南天。福寿草と合わせると「難を転じて福となす」という意味になります。とても縁起が良いかけ合わせで、セットで飾る方も多いとのことです。
ついつい、このご時世、あとは神頼みとばかりに、こういう縁起物に目が行きがちな今日この頃です。皆様、いかがお過ごしですか?大変なコロナ禍、3密を避け、マスク、手洗いをしっかりして、お気をつけて年末年始をお過ごしください。
今年は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、生活、仕事、教育、医療…あらゆる面で今まで通りの生活、社会の姿を維持していくことが困難なことを嫌が応にも思い知らされた一年となりました。そんな中、お陰様で、本日無事に2学期終業式を行うことが出来ました。これも、ひとえにコロナ禍での様々な対応に対して、ご家族様のご理解ご協力があればこそと心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
一寸先は闇、と言いますが、誰がこの状況を予想できたでしょうか?イギリスやアメリカではワクチン接種が開始されたというニュースを聞きましたが、まだまだ、身近な話ではありません。また、ここにきて全国各地での感染者数急増は、医療崩壊の不安や年末年始の外出制限にもつながるもので、非常事態と言ってもいい状況です。
多くの人が不安を抱えながら、家にこもりがち、心も曇りがち、ストレスたまりがちの日々を過ごしていますが、私はこんな時だからこそ、花を飾って、心を豊かに‼と言いたいです。花に代表されるように、今までの何げない日常が本当は、素晴らしいもの、普通の日々こそ、本当の宝物であり、幸せそのものだったことに気づくことが出来ました。星の王子様のサン・デグジュペリではありませんが、本当に大切なものは、眼に見えないし、無くして初めて気づくものなのですね。
≪運盛り野菜+大根≫
日本の季節感には、春は桜、夏に花火、秋は紅葉、冬はこたつにミカンと言う言葉があって、季節とともに生きてきたことを感じます。さらに、有名な春の七草ならぬ、なんきん(かぼちゃ)、れんこん、にんじん、ぎんなん、きんかん、かんてん、うんどん(うどん)を称して冬の七草というのもあり、全部「ん」が2つある食べ物なので運をたくさん取り込む「運盛り野菜」と言われているそうです。外出が懸念される日々が続きそうですが、運盛り野菜を食べて、体力と運を付けておきましょう‼
そして先日は、子どもたち一人一人が自分の力で大根を抜きました。自分の背丈よりも大きく茂った大根の葉っぱに隠れてしまいそうになりながら、それぞれに力を込めて引っ張る大根、簡単に抜けたお友だちもいますが、多くが中々抜けません。でも、思いっきり引っ張って…それぞれに抜けた瞬間、急に軽くなった感じが手に伝わったとともに何とも言えない達成感や満足感があふれてきました。目が輝いていました。
その後、畑から幼稚園まで歩く距離が長く感じていたようですが、うれしかったり、重かったり…でも、何か?勝ち誇っている姿にも見えていました。
お家に持って帰った大根をご家族で楽しく召し上がって頂けたでしょうか?自分で掘って、洗って、食べてみると、今まで大根に関心がなかったお友だちも、大根や野菜を好きになってくれる?かな、と思っています。そして、ご家族みんなで、美味しく、喜んで食べると、お子様の自己肯定感がさらに増すものと思います。
でも、冬の七草に大根が入っていないのがちょっと残念です。「ん」は、1つだけど…大きいという意味の「大」が付いていることで「大きな運・ん」を運んでくる野菜だと理解しました。来る年が素晴らしい年になるように、大根を食べましょう‼
≪あそびが、まなび いっぱいあそぼう‼≫
『あそびってなんですか?そんなに大切なんですか?』の質問に、私もZOOM対談させて頂いたことがあり、尊敬している東大名誉教授の汐見先生が答えています。
日本語の“あそび”という言葉が誤解を与えているようです。あそび=PLAY 英語のPLAYの方が何か意味するところの裾野が広いような気がします。PLAYピアノ、PLAYバイオリン、演奏するのも劇を演じるのもPLAY 、つまり、生まれた世界でその子らしい何かを表現することすべてPLAYと言っています。日本では、“あそび”が“まじめ”に比べて低いものというニュアンスがあり、まじめの反対のものとして捉えられています。でも、今、あそびが持っている人間を育てていく価値が世界的に注目されているのです。
昔は、神社の境内や、雑木林、道端等々で遊んだりしました。あそび道具があるわけじゃないから、全部自前、つまり、毎日毎日が創作活動でした。しかも、全部異年齢なので、たて、よこ、ななめの人間関係が自然に備わっていました。地域の中、群れで育っていた時代は、そういうことが当たり前のようにあったのです。社会性、知恵、スキル、失敗から学ぶことも、乗り越える力や達成感もみんなあそびの中で身に付けていったのです。その力が、学校だけでなく、生きていく中で大事な基礎力でした。いろいろなことをあそびの中で学んだのですが、今、そういうあそびがほとんど出来なくなりました。そこで、現在、改めて、あそびが持っていた人間形成上の価値を自覚し直そうとしています。だから、園でも、ご家庭でも基本的には「育てのベースはあそびにして下さい」と言っています。どれだけ、豊かにおもしろくあそべるか?どれだけ個性的にあそべるか?そのあそびの中でどれだけ考えたり、工夫したりしているか?そのあそびの豊かさがその子の人生をつくって行くんだ‼というぐらい、あそびというものに注目してほしいと思っています。
ある人は『えっ、勉強はしないんですか?』と言われますが、『あそびが一番大切な勉強の場なんですよ‼』と伝えます。子どもがあそびの中で、一番考えたり、工夫したりしますからね。させられて何か出来たとしても、脳の中で『あれやってみたい‼』『おもしろい‼』という部分が働いていませんから、出来ても脳の結びつきはすぐに消えてしまいます。でも、あそびは『こういうものをつくりたい‼』『カッコがイイの作ろう‼』と思ってワクワク、ドキドキしながらやるから、出来た時の達成感は強く、脳に深く刻み込まれて、簡単には忘れないのです。そういう点から、あそびの持っている教育的価値が大事になってきている時代だと認識してほしいです。
あそびを定義すれば、子どもが親からもらった命、この命とは生きるエネルギーみたいなものですが、その命をどう輝かせていけば、自分らしく生きることが出来るのかを探求する活動が“あそび”なのです。
改めて、子どもの育ち、未来につながるあそびの意味、価値、大切さを見つめ直し、考え直す時期かもしれませんね。コロナ禍、どんな未来が待っているかわかりませんが、子どもたちの今を輝かせるように頑張って行きます。皆様、良いお年を‼
令和2年度 2学期終業式 園長だより vol 228 (2020.12.23)