ふじようちえん

園長だより vol . 276 (2024.4.30)

2024年04月30日 / 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 ♪やねよりたかいこいのぼり、おおきいまごいは、おとうさん、ちいさいひごいは、こどもたち、おもしろそうに およいでる…子どもたちの元気な歌声が聞こえています。園庭には、大きな鯉のぼりが気持ちよさそうに泳いでいます。本日、幼稚園では、こどもの日を祝って、各クラスそれぞれに兜の折り紙を折ったり、こいのぼりを作ったり、絵本を読んだり、ゲームをして過ごしました。そして、みんなが元気に育ちますようにと願いを込めて、鎧兜の五月人形と一緒に写真撮影をして端午の節句を祝いました。

 新緑がさわやかな季節になりました。先日は、親子遠足スタンプラリーにご参加いただき、ありがとうございました。いろんなところでお友だちやご家族様とお会いでき、楽しいひと時、本当にうれしかったです。スタンプの言葉は、“ようちえん いっぱい たのしもう”でした。残念ながら、お会いできなかった皆様には、次回、またよろしくお願い致します。あわせて、ハワイアンフェス、ステージでの子どもたちのフラダンスに会場全体が感動してました。ご協力いただき、ありがとうございました。音楽やダンスをみんなで楽しめた素晴らしい時間になりました。大変お世話になりました(株)立飛ホールディングスの皆様に、心より感謝申し上げます。

 今、正門園長あいさつボードには、『新緑に、ひびく子どもの笑い声、枝も、葉っぱも笑ってる』と伝えています。確かに、子どもたちの元気と新緑の成長の勢い、よく似てます。皆様、いかがお過ごしでしょうか? ご家族でいろいろな所にお出かけになる連休、どうぞお気をつけて楽しんでください。

≪こいのぼり、あれこれ≫
 こいのぼりは、元々、中国の故事にある『登竜門』が由来と言われていています。昔、中国の山奥には、登り切れると竜になれるという大きく、流れのはやい『竜門』という滝があり、たくさんの魚が挑戦しましたが登り切れる魚はいませんでした。そんな中、立派に登り切った魚が、鯉だったのです。鯉は竜門を登り切ると、竜になって天へ昇って行ったとのことです。そんな意味があるこいのぼり、子どもたちの健やかな成長を祈り、元気に育て、大きくなれ、いろいろなことが出来るようになれ…という思いを込めて揚げています。
 園庭のポールは、高さ約15mの檜(ひのき)です。ちなみに、なぜ?檜の天然木にしたかと言えば、子どもたちに出来るだけ木の質感に触れさせたい、本物に触れてほしいと思っているからです。また、子どもたちにとって15mは、圧倒的に高いものです。子どもの時に、圧倒的に高いもの、大きなものに触れて、凄さを実感してほしいと考えています。また、ポールのてっぺんには雨水防止のために、以前のものから引き続き“桃の缶詰の空き缶”をかぶせています。なぜか?と言えば、私の幼い時、風邪をひくと枕元に親がバナナか、ヨーグルトか、桃の缶詰を持って来てくれました。笑っちゃうかもしれませんが、当時、今のように普段、口にすることができない食べものですから、熱があるのにペロッと食べちゃったりして…親は、その食べ方を見て、こんなに食べれるから大丈夫だ、ということで仕事に出かけて行きました。(本当は、滅多に食べれないものだから、熱があってもペロッと食べちゃうのです)まぁ、そんな訳でポールのてっぺんに桃の缶詰めの空き缶をかぶせて『ふじようちえんの一番高いところには、お母さんの愛情があるんだ!!』と言ってます。
 皆さんも、ポールのてっぺんを一度見てくださいね。何か?を感じるかも知れません。(でも、この話、分かる人たちは…おそらく、それなりのご年齢の方々でしょうね?失礼しました。)

≪背くらべ(せいくらべ)と柏餅≫
 私は、この季節、“せいくらべ(♪はしらのきずは、おととしの…)”や“茶摘み(♪夏も近づく八十八夜)”、“鯉のぼり(文部省唱歌♪いらかの波と雲の波…)”という童謡を思い出します。特に、♪はしらのきずは、おととしの 5月5日のせいくらべ ちまきたべたべにいさんが はかってくれた せいのたけ…この背くらべに出てくる“柱のきず”というフレーズに、子どもの頃、兄弟で家の柱に背中を付け、柱にきずをつけ、背を測ったこと、何回も何回もボールペンで線を書き、どの線が自分の背か?分からなくなったことなどを思い出します。ところが、この歌、先生たちに聞いてみたら『知らない、初めて聞いた』という返事が多いのです。年代の差ですね? 学校で教わらなかったということです。確かに、住宅事情も変化し、建築工法で柱の無い家だったり、また、大切な家の柱にきずは付けたくないし、身長はいつでも身長計で測れるし、しかもデジタルで正確だし…という社会環境・生活の変化に伴い歌われなくなったのでしょうか?現在の状況からすると間違いではないのですが、何か寂しさを感じます。端午の節句、5月5日に家族で子どもの成長を柱のきずで確認し、お互いの成長を喜び合う習わしの一つだと思っていました。子ども同士、だいたいの目見当で“背のくらべっこ”して、どっちの方が大きいとか言い合うコミュニケーション、人と人のこんなやり取りこそ、仲良くなる源、大事なことだと思います。

 それに比べて柏餅は進化していました。まさしく、柏餅自ら消費者の生活に合わそうとしています。先日あるお店で、一口サイズの柏餅4個入りのもの、いろいろな味の“あん”が入っているものを販売していました。食べやすく、様々な味も楽しめ、家族で分けられるし、大きさも数も丁度いいと言うところでしょうか? これもまた時代の変化に対応されている一例だと感じました。季節ごとにある日本の行事には、お菓子が付き物です。行事の意味やそれに伴う食べ物の“いわれ”を知るとおもしろく、興味がわき、より一層感慨深い味になるのではないでしょうか?確かに、行事や食べ物から、日本の文化や歴史を知ることは、本当に発見が多いものです。
 そもそも柏餅を食べる風習は日本独自のもの。柏は新芽が出るまで古い葉が落ちないことから「家系が絶えない」縁起物として広まったもののようです。時代が違うとは言え、こんな話でもしながらみんなで柏餅を食べて、日本文化や家のことを子どもたちに伝えてもらえればいいと思います。ちなみに、五月のお節句、柏餅、粒あん、こしあん、みそあん…皆さんはどれがお好きですが?正直、私は全部好きの甘党です。

≪遊びで育ち、遊びで学ぶ≫
 最新の脳科学研究では、脳の臨界期、つまり活発に物事を吸収する時期は4才より前と言われています。0から6才まで脳を含めて継続的にいろいろなものが出来上がる人間形成の土台づくりの時期に、教育は3才からと考えられている一般的な概念は本当にもったいない話だと思います。また、脳は、0才から学ぶことを欲しているとも言われます。この点からは、今後、幼稚園でも脳科学を専門的に勉強する必要があります。が、ここでお伝えしたいのは、「だから、幼児教育が大切です」とか言うことではありません。幼児教育の大切さは理解してはいただいているのですが、「幼児教育が大切」と言う、単に「漢字を覚えさせる」とか「算数のドリルを始める」ということになってしまい、思わぬ方向に話が展開してしまうのです。確かに詰め込み式は、即時的効果はあるとは思いますが、そのような「詰め込み」の効果は、小学校低学年で消えてしまうという調査結果も出ているのです。
 本当にこの時期で大切なことは、「遊び」なのです。「遊び」こそ、自主的な活動そのものであって、「自ら育つ力」の発揮だと考えます。そして、子どもたちは、実感を伴った遊びの中から、様々なことを吸収し学び、お友だちとのやり取りを通して友達関係等々を体験しながら成長していくものです。遊びで育ち、遊びで学ぶ、遊びは学びの土台です。やがて、子どもたちは具体的な実物や教具での興味理解から、本や文字等の抽象的なものへの興味理解へと成長し、より高度な学びを欲して行きます。
 私自身を振り返っても、教えてもらったことは本当に自分の身に付いているか?い言われれば自信がないのですが、幼い頃、自分で遊びながらつかんだ法則やルールは結構、身に付いているようです。だから、『他人から教えてもらったことは忘れちゃうけど、あそびの中で自分で見つけたものは身に付きます』と言って、子どもの遊びを大切にしています。つまり、遊びの中に、未来がある‼ということですね。

園長だより vol . 276 (2024.4.30)