園長だより vol . 300 (2026.1.30)
2026年01月30日 / 園長だより
藤幼稚園のご父母のみなさまへ
寒い日が続き、冷たい風が吹く中、子どもたちは屋根の上で縄跳びや鬼ごっこをしながら、元気いっぱいに走り回っています。まさに『子どもは、風の子』そのものですね。そして、大人はというと、暖房やストーブで温かさを求める時間が多い毎日、こちらもまさに『大人は火の子』そのものですね。
皆様、いかがお過ごしですか?本当に早いものであっという間に新しい年も2月に入ります。まだまだ寒さが続きますが、風邪など引かないようにご自愛ください。
今、子どもたちは、園内の樹木に実った木の実を集めては、それぞれの樹木の名前が書いてあるビンに木の実を集めるお仕事に夢中です。子どもたちの育ちの特徴である“何かを集めこと”を活用し、樹木の名前や特徴、どこにその木の実がたくさんあるか等々を知る、あそびを通じた学びになっています。こういうあそびを通じて自ら掴んだことは結構、潜在意識に残るものです。あそびを通じて得たたくさんの体験が五感をみがき、基礎になり、知識につながる中、字が読めるようになったお友だちは、さらに理解を深めて、木の実集めをしていきます。幼児期の育ち、あそびが学び、そのまん中にあるのは、何かを見つけるおもしろさ、何かを集めるおもしろさ等々の“おもしろがる力”だと思っています。みなさんは、幼い頃、何を集めていましたか?
先日、子どもたちは、しいたけの菌を原木に植える植菌体験をしました。国分寺市の“さるかに農園”さんにご指導いただき行いました。原木にはコナラの木を使い、ドリルで穴をあけたところに子どもたちがしいたけ菌を埋めて行き、完成した原木を水につけてから、直射日光が当たらない日陰でゆっくり休ませます。秋には、おいしい原木しいたけをみんなで食べてみようと計画しています。今、スーパー等では、ほとんどが菌床しいたけですが、原木しいたけを一度食べてみると、味が濃くとても美味しいのがわかります。
幼児期にこそ、本来の味、本来のでき方、作り方体験をして、その体験がその後の人生に役立つ?とは言い切れませんが、人生を豊かにする要素の一つになるのは確かなことだと思います。私は、七輪の炭火で、原木しいたけを焼いて…大人の発想ですね。失礼しました。
≪鬼の役目≫
2月3日は節分です。幼稚園や神社で“鬼は~外、福は~内”という元気な子どもたちの声が聞こえて来ます。この日の為に、鬼のお面や豆を入れる角箱を作って準備し、当日は、豆をまいたり、鬼にもなって日本の文化、風習を体験します。一般的に節分の鬼は、邪悪なものの代表とされています。その鬼を的に豆を投げ、鬼を退治して、福がいっぱいありますようにと願いを込めたものです。
子どもたちの日常で触れている鬼は、少し違います。鬼ごっこから始まり、たか鬼、バナナ鬼、こおり鬼、あぶくたったやドロケイ等々のあそびの中で、誰かがやらなくてはならない役としての鬼の存在があります。遊びの中で鬼がいなくて、みんなが良い人だといろいろな遊びは成立しない構造なのです。でも、この鬼、なって見ると・・・結構、一人きりで孤独なのも事実です。皆さんも記憶にありますよね。そして、誰かにタッチしないとまた鬼になってしまいますが、タッチすると、今度は立場が逆になり、今度は鬼に捕まらないよう逃げる立場になります。
私はこの両方の体験をすることで、人との関係性を理解出来ていくものと考えています。そんな意味でも鬼になる体験はとても大事です。また、逆に、鬼になれると言うことは、一人前と周りから認められているからこそと言えます。私も、味噌っかす、お味噌、とか呼ばれ、遊びの人数には入れてもらえないことも遠い遠い昔の記憶にあります。
そんな訳で、子どもたちの育ちには鬼も充分に役立っていると言うことをお伝えしたいと思いました。大人になれば、別の意味で・・・鬼が日常に居るような気がします。私だけですが・・・(?!)
≪子も親も育つ、劇発表会!!≫
もうすぐ、劇発表会です。子どもたちは、力を合わせて一所懸命に練習しています。
最初は、みんなの意見を聞き、何をやってみたい?を話し合いながら、段々と劇の演目や内容ができ、お話の流れを理解する中、それぞれが自分の役になりきり、台詞を覚え、出番を待ち、立ち位置を確認し、台詞を言って演じます。台詞を言う順番に緊張したり、歌ったり、踊ったり、人前で劇を演じることをしながら、みんなで劇を楽しんでいます。
きっと、当日は、練習で頑張った以上に、達成感、満足感、そして、それぞれに自信がつくことでしょう。演じて育つ、それぞれの自立への確かな一歩になると信じています。
ただ、この劇発表会、残念ながら親がいくら心配しても、演じるのは子どもなのです。親は、観客席からは、ああして、こうして、この台詞でしょ‼と思っても、見守るだけで、何もしてあげられないのが現実で、人生と同じです。つまり、子どもって自分をそれぞれ自分でつくって行くもので、結局、親って、育っていく我が子をそばで見ててあげることしかできない存在なのかもしれません。だからこそ、いつも一番近くにいて、安心してもらうことが一番の役目?なのかもしれませんね。口を出したいのに出せない、親になるのも修行ですね。
でも、心配する親の気持ちをよそに、練習の成果を発揮して、しっかり演じてくれることでしょう。ご家族で、お子様の成長、そして、劇をハラハラ、ドキドキ、暖かく見守っていただければうれしいです。皆様のお越しをお待ちしています。おたのしみに‼
≪園長だより300号で、1号をふりかえる≫
毎月、幼稚園やお子様の様子をお伝えしようとはしていますが、ついつい話が横道にそれて恐縮しています。こんな園長だよりも回を重ねて、お陰様で300号を迎えることになりました。皆様には、いつも駄文にお付き合いいただき、ありがとうございます。 園長だよりのスタートは約25年前ですが、今と言っていることがあまり変わっていません。ぶれないと言うか、進歩がないと言うか…恥ずかしい限りです。
園長だより300号記念の今回は、“初心忘るべからず”の思いを大切に、懐かしの『園長だよりvol .1』、第一号を改めてご紹介させていただきます。
さて、みなさん、幼稚園の『園』って、元々の語源をご存知ですか? 一説では、日本に最初に幼稚園ができた時、その内容から最も相応しいだろうという点から、『果樹園』の園からきたと言う説です。なるほど、果樹が実るには時間がかかる…手間をかけてゆっくり育てる…将来の実りに期待と願いを込めて、今の状態に心を尽くす。
果樹を作ることが保育(子育て)にどこか似ている感じがします。また、もう一説には、『苑』の字からきたとも言われています。昔、中国では、鹿や孔雀が放し飼いにされている場所or走り回れる環境のところを示したものとして苑が使われていました。まぁ確かに元気に子どもたちが飛んだり跳ねたりしている光景は、多分にそれを想像させます。私は、幼稚園の園は、上記の『園』と『苑』の両方の意味を持っていると考えています。
では、そんな園で私たちは、何を最優先に考えなければいけないのか?
最も基本的なことですが、最も大切なこと。朝、登園の時、大切な、大切な“命”をお預かりしているのだ、と言う意識が強くあります。それと共に、お帰りに間違いなくご家族のもとへ、大切な“命”をしっかりお渡しすること。これがすべてと言ってもいいくらい大切なことで命を預る責任を日々感じております。
そんな中、どんな子になってもらいたいかと言うと「思いやりがあって自立した子どもに育ってほしい」と思っています。よく私は、(少し乱暴な言い方ですが)幼稚園は、サルが人間になるところという表現をします。これは、無力な状態の乳児から、誰が教えるでもなく、ハイハイ…そして歩き出し…言葉、それも日本語や英語、いろんな言葉でしゃべり出すようになります。たった3年位でいろいろなことが出来るようになります。これは、教えて何かができたということではなく、いつの間にやらできるようになったということです。即ち、この乳幼児期には、小学校などで行われている教師から子どもへスクール形式の教えるという過程ではなく、いろいろなことができるようになる原動力・源・エネルギーが、子どもの中に存在しているということを意味しています。そして、その自己成長発達力は、環境しだいで開花するものと確信しています。
よく言う「生きる力」は、本来みんな持っています。重要なのは、生きる力を燃やせる環境をつくること、個人として自立していく環境を整えることです。そして、それが保育にかかわる人の大切な役目のひとつと考えています。
如何でしたか?今も変わらず、今後も変わらず、どうぞよろしくお願い致します。
子どもたちの育ちのために、一所懸命に頑張ります。
園長だより vol . 300 (2026.1.30)