ふじようちえん

2014年7月16日 終業式 園長だより

2014年07月16日 / 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ
 
朝顔が網のフェンスにからみ付き、上に上にと伸びています。ひまわりも日に日に背を伸ばして、手の届かない高い所で太陽に向かって咲いています。気が付くと千成りひょうたんもその名の通り、たくさん実をつけ段々と賑やかになってきました。
皆様、いかがお過ごしですか?今年は冷夏と言われていますが、何かとても暑いですね。夏バテされていませんか?
小さな子どもたちにとって、夏の暑さは体力の消耗度も高いようです。用心しましょう。
特に暑い日には、熱中症が心配です。夏の長時間保育を含めて、子どもたちには帽子をかぶって外に出ることはもちろん、風が通る木陰など涼しい場所で遊ぶようにしています。室内でも熱中症になる場合もあるので、室温にも注意が必要のようです。また、汗をかくので、肌を清潔に保つことや水分補給も大切ですね。夏を元気に乗り越える為にも健康管理をしっかりして行きましょうね。

本日、一学期終業式を行いました。みんなが元気で楽しく無事に過ごせましたのも、ご父母様、ご家族様のご理解、ご協力があればこそと心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
終業式では、早寝早起き、ごあいさつ、お手伝いを毎日しましょうと話しました。特に長期間のお休みですから、お家の中で、なんでもいいのでお子様にお手伝いさんとして役を与えて、毎日するように約束してみてはいかがでしょうか?シール貼りの要領でお手伝いブック等を作ってもいいかもしれません。その先、達成した後にご褒美があっても無くてもかまいませんが、頑張ったことだけは褒めてあげて下さいね。
また、子どもたちは、夏祭りの踊りの練習を一所懸命にしていました。そこで、夏祭りまでは少し時間がありますが、踊りを忘れないためにも、お家で練習しておくように、お父さんお母さんに見てもらうようにと終業式で話しました。どうぞ、練習の成果を見てあげて下さい。見て、褒めて、自信をつけて踊る夏祭りという感じでお願いします。
いずれにしても、お子様と過ごす夏休み、たくさんの楽しい思い出をつくって下さい。9月にみんなと元気に会って、楽しいお話しがいっぱい聞けるのを楽しみにしています。

≪言葉で涼しく!!≫

あさがお、風鈴、かき氷、打ち水、スイカにカブトムシ、ゆかた、そうめん、麦わら帽子、プール、キャンプに海水浴、日焼けに昼寝に線香花火…思いつくままに夏をつづってみました。これらの言葉からはすぐその風景が思い浮かび、懐かしさも感じました。  
また、簡潔に風景が思い浮かぶ言葉に、日本語の美しさを感じ取ることが出来ました。
残念ながら昨今は、酷暑や猛暑、熱帯夜…しまいにはゲリラ豪雨というようなつらい言葉ばかりが飛び交っています。暑いけど、それで不満を言うのではなく楽しんでしまうという気持ちがその昔の言葉にはあったような気がします。季節の移り変わりをきれいな言葉で伝え、楽しむ文化を大事にしてきたのです。子どもたちに伝えたい言葉、風景、風情だと思っています。ちなみに、私のこの時期の好きな言葉は、“暑気払い”です。風景は、冷たいビールと冷奴…を連想し、一人うれしくなっている今日この頃です。ただ飲みたいだけだろう…なんて声も聞こえてきそうです。すみません。

≪ありのままの自分を素直に認める≫

『幸せになるキーワード』と題して、シスターである著者・鈴木秀子さんが、実話を織り交ぜながら綴る人生のお話があります。その中でとても感動したなお話があります。
今回は、たくさんのエピソードの中から、「ありのままの自分を素直に認める」をお伝えしたいと思います。

『幸せになるキーワード』(鈴木秀子・著)
 みっちゃんは中学に入って間もなく白血病を発症し、入院と退院を繰り返しながら、厳しい放射線治療に耐えていました。家族で励まし合って治療を続けていましたが、間もなく、みっちゃんの頭髪は薬の副作用ですべて抜け落ちてしまうのです。それでもみっちゃんは少し体調がよくなると、「学校に行きたい」と言いました。
不憫に思った医師は家族にカツラの購入を勧め、みっちゃんはそれを着用して通学するようになりました。ところが、こういうことにすぐに敏感に気づく子供たちがいます。
皆の面前で後ろからカツラを引っ張ったり、取り囲んで「カツラ、カツラ」「つるつる頭」と囃し立てたり、ばい菌がうつると靴を隠したり、悲しいいじめが始まりました。
担任の先生が注意すればするほど、いじめはますますエスカレートしていきました。
見かねた両親は「辛かったら、行かなくてもいいんだよ」と言うのですが、みっちゃんは挫けることなく毎日学校に足を運びました。
死後の世界がいかに素晴らしいかを聞いていたみっちゃんにとっては、死は少しも怖くありませんでした。反対に亡くなったお祖父さんと再会できるのが、楽しみだとさえ思っていました。
しかし、何より辛いことがありました。それは、かけがえのない友だちを失うことだったのです。辛いいじめの中でも頑張って学校に通ったのは「友だちを失いたくない」という一心からでした。
 二学期になると、クラスに一人の男の子が転校してきました。その男の子は義足で、歩こうとすると体が不自然に曲がってしまうのです。
この子もまた、いじめっ子たちの絶好のターゲットでした。ある昼休み、いじめっ子のボスが、その歩き方を真似ながら、ニタニタと笑って男の子に近づいていきました。
またいじめられる。誰もがそう思ったはずです。ところが、男の子はいじめっ子の右腕をグッと掴み、自分の左腕と組んで立ったのです。そして「お弁当を食べないで一時間、一緒に校庭を歩こう」。毅然とした態度でそのように言うと、いじめっ子を校庭に連れ出し、腕を組んで歩き始めました。
クラスの仲間は何事が起きたのかとしばらくは呆然としていましたが、やがて一人、二人と外に出て、ゾロゾロと後について歩くようになったのです。
男の子は不自由な足を一歩踏み出すごとに「ありがとうございます」と感謝の言葉を口にしていました。その声が、仲間から仲間へと伝わり、まるで大合唱のようになりました。みっちゃんは、黙って教室の窓からこの感動的な様子を見ていました。
次の日、みっちゃんは、いつも学校まで車で送ってくれる両親と校門の前で別れた直後、なぜかすぐに車に駆け寄ってきました。そして着けていたカツラを車内に投げ入れると、そのまま学校へ向かったのです。教室に入ると、皆の視線が一斉にみっちゃんに集まりました。
しかし、ありのままの自分をさらす堂々とした姿勢に圧倒されたのでしょうか、いじめっ子たちは後ずさりするばかりで、囃し立てる者は誰もいませんでした。
「ありがとう。あなたの勇気のおかげで、自分を隠したり、カムフラージュして生きることの惨めさが分かったよ」みっちゃんは、晴れやかな笑顔で何度も義足の男の子に御礼を言いました。
しばらくすると、クラスに変化が見られ始めました。みっちゃんと足の不自由な男の子を中心として、静かで穏やかな人間関係が築かれていったのです。
 みっちゃんに死が訪れたのはその年のクリスマス前でした。息を引き取る直前、みっちゃんは静かに話しました。「私は二学期になってから、とても幸せだった。あんなにたくさんの友だちに恵まれ、あんなに楽しい時間を過ごせたことは本当の宝でした」と。

 
この話を読んで、正直、胸がつまりました。ありのままに生きる勇気が、周りの人をも巻き込んで行く力があることを教えられた感じです。私は、子どもたちと過ごす中でいつも心得ていることがあります。それは、“素で生きる”ということです。大人の世界の見栄を張っても、格好付けても…子どもたちの前では、木端微塵(こっぱみじん)、何にも通用しないからです。そんな“素”(す)の姿、言葉を大切にこれからも子どもたちの育ちに役立つ存在、道具になって行こうと思いました。 よい夏を…!!

平成26年度一学期終業式園長だより vol . 140 (2014.7.16)