ふじようちえん

2012.6月1日 園長だより

2012年06月01日 / 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

 朝、お友だちの元気な『おはようございます!!』の声で今日も一日が始まりました。日差しも力強さを感じられる今日この頃、園庭の新緑も深まっています。南側のフェンスのそばで数人のお友だちが地面を掘り返し、何かを見つけています。聞いてみると、ダンゴムシを見つけているとのこと、確かに、ダンゴムシをはじめ、てんとう虫、ミミズ、クモ等々…いろんなものが活動的になってくる季節です。まさしく、木も、草も、虫も、そして、子どもたちも、グングン育っているという感じですね。
 晴天から急に雷や豪雨になり、天候が不安定ですが、皆様、いかがお過ごしですか? 間もなく梅雨入り?になりますが、体調を整えて元気にお過ごし下さいませ。

 さて、クラスによっては何回か延期になった昭和記念公園への遠足も、お陰様で皆様のご協力のもと無事に終了することができました。ありがとうございました。
 震災等の万が一を考え、幼稚園の近くへの遠足と言うことで、場所的な新しさには欠けている感はしますが、親子での自己紹介やゲームを通じて、各クラスが一つになり、ご家族同士も知り合い、仲良くなれ、楽しい思い出となったことと思います。
 特に、青空の下、みんなで食べたお弁当、とても美味しくかったですね。園長先生も、みんなからもらったお菓子、とてもおいしかったです。毎日遠足でもいいですね。

≪ランチもいいし、お弁当もいい≫
 ある日の給食の時間、お当番さん、お手伝いさんがご飯を各テーブルに運び、準備をしています。そんな時、お弁当のふたを少しだけ開け、その隙間からこっそりとお弁当の中身をのぞき見している、とてもかわいらしい光景に出合いました。
 いっぱい遊んで、お腹がすいて、待ちに待ったお昼ご飯の時間、目の前にお弁当を置いて、他のみんなが給食の準備ができるまで早く食べたいけれど我慢して待っています。今日のお弁当の中身は何かな?と思う気持ち、とてもよくわかります。何げない光景でしたが、お弁当にみえる親子のつながりを感じました。
 幼稚園では、子どもが育つことを大事に思えば思うほど、出来るだけ体に良いものを食べてもらいたいと言う思いで、玄米、麦飯、十穀米、五穀米、胚芽米…等々を食し、さらに出来るだけ無添加の食材を使って調理させて頂いております。しかし、いくら気を使って良い食材、原材料等々にこだわっても、『お母さんのお弁当には到底かなわない』と私は常々言っています。確かに、お母さんの作ってくれたお弁当、例えレンジのチン!!のなせる業であったとしても、子どもがお弁当のふたを開けた時のにおいは、幼い心に大切な記憶として刻まれ、いくつになっても、しっかりと記憶に残って行くものと思います。
 『お弁当、鼻と舌と心に刻む、母の味』というところでしょうか。   
 お母さんのお弁当には及ばないけど、あたたかく、おいしく、多くの人の愛情がいっぱい入っている幼稚園のランチ、これからもより進化して、子どもの育ちに貢献できる昼ご飯を目指して頑張ります。ランチもお弁当も両方いいのがふじようちえんのお昼です。目指せ!!『幼稚園のランチ、鼻と舌と心に残るみんなで育った味』ですね。

≪きれいな石で育つ≫
『先生、見て!! 見て!!』振り返ると、そこには小さな手のひらにのせた、小さく赤いきれいな石がありました。『わぁ~すごい!! 持って帰ってお母さんに見せたらいいよ』と言うと、職員室にビニール袋をもらいに一目散に走って行ってしまいました。
 幼稚園の砂場には、アクリル製のきれいな色の石があります。と言うより意図的に熱帯魚の水槽に使う、赤、青、黄色、緑、白色…等々のきれいな石を蒔いています。
子どもたちには、『昨夜、流れ星がいっぱいだったから、その中のものが砂場にも落ちたんだね』なんて言って、夢みています。が、実はいろんな理由・目的があります。怒られちゃいますが、とにかく、子どもや女性、男性もですが、光るものが大好きですよね!?なんて、冗談を言いながらお話させて頂きます。
きれいな石探しと言う遊びを通じて、育てたいもの、育ってほしいこととは、
①細かいものを探すのに指先をたくさん使い、ある面センサーのように触覚を研ぎ澄ましてもらいたい。指先は、脳の出先機関、いっぱい使うことで脳への刺激になり、成長につなげたい。
②見つけたきれいな石はお家に持って帰ってもいいことになっています。約束は、只一つ“いっぱい取れたお友だちは、取れなかったお友だちに分けてあげること”と言うのがあって、他のお友だちへの思いやる心を育てたいと思っています。
③自分で見つけたことを実感し自信をつけてほしい。ちょっと昔なら自然の中でカブトやクワガタ等々の虫やメダカやフナ等の魚も見つけ、捕まえることが日常的にありましたが、今は中々この“見つける体験”をすることができないのです。先日、『先生、これ見つけたの!!』というキーホルダーを見せてもらいました。『どこで見つけたの?』と聞くと、『ダイソーの2階で!!』という答え、これが現実です。
④子どもたちを見ていると、お友だちが大きくきれいな石を見つけると、自分も大きな石が欲しくなり、いや、それ以上にもっと大きくきれいな石が欲しくなり、頑張ってそれまで以上に砂場のいろいろな場所を探し始めるのです。はっきり言って、教育・保育界では、あまり触れませんが、子どもの“欲”を育てたいと思っています。今の小中学生を見ていると、欲は無いけど知識は豊富、と言う感じがします。50ccのエンジンで大型ベンツを走らせるようなものなのです。私の勝手な考えですが、人間、誰でも、生まれてから最初はどうしても“我欲”が優先し、それがある程度まで行った時、初めてまわりへの配慮、“公共の欲”と言いますか、みんなも欲しいんだと言うことに気づき、一人占めしないで分け合う方がいいんだと考えられるようになります。本当に大事なことを気付かせる為には、その方が自然の流れだと感じています。分かち合いみんなで生きることを学ぶことは大変重要ですが、最初から、みんなで分かち合う事ばかりが優先しすぎると、本当に自分で獲得する力、意欲、意志…生きる力が、育ちにくいのではないかと思います。

 いろいろお話させて頂きましたが、きれいな石を大事にしている子どもたちをみて、私は、いつも確信していることが一つあります。それは、『子どもって、与えたものは、すぐなくすけど、自分で見つけたものは大切にしますね』 せっかく買ったおもちゃ、すぐに無くしたり…何か思い当たりません?

園長だよりvol.109 (2012.6.1)