ふじようちえん

園長だよりvol . 212 (2019.10.31)

2019年10月31日 / 園長だより

藤幼稚園のご父母のみなさまへ

度重なる台風や大雨で、命を落とされた方々に、深い哀悼の意をささげますとともに、被災された皆様に謹んでお見舞い申し上げます。まだまだ、不安な日々が続いていると思いますが、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

皆様、いかがお過ごしですか?寒さに向かう季節、お風邪など召されませんようにお気を付け下さいませ。日本の秋の風情を感じてもらおうと思って、毎年のことですが、キッズテラスの軒に、稲や干し柿等々を吊るしています。美味しく出来るか?わかりませんが、みんなで楽しんで行きたいと思います。早く食べてみたいですねぇ‼

≪美意識の始まりは、落ち葉から…≫
紅葉の季節を迎え、幼稚園の木々も色付いてきました。黄色や赤色になった落ち葉を拾って『ねぇ、見てみて、きれいでしょ‼』と見せに来るお友だちがたくさんいます。この季節、様々な色に変化した葉っぱ、『きれいだなぁ~』と思う気持ち大切だと思います。紅葉した葉っぱの美しさを感じること自体が美意識の始まりなのです。単に、紅葉した落ち葉ですけど、子どもの美意識の育ちにも貢献しているんだ‼と改めて感じた外遊びでした。
ご家族で落ち葉集め?という秋遊びは、いかがでしょうか?お子様とお散歩する中で、たくさんの秋とたくさんのお子様の成長を感じることが出来ると思います。
ちなみに私は、芸術の秋にちなんで開催される友人であり、幼稚園の井戸を掘ってもらった石田さんの倉庫で開催される『石田倉庫のアートな2日間2019・イッシュンモノ』というワークショップやアート展示、フード等々ありのアートイベントに行ってみようと思っています。どんなアート作品や思い、考え、主張に出会うか?今から楽しみにしています。皆様も、お子様とご一緒に芸術鑑賞いかがですかね?

≪運動会、皆様に感謝です‼≫
改めまして、お陰様で運動会が無事に終了出来てホッとしています。何より、子どもたちが、運動会を目標に練習を重ね、運動会練習カードに色が塗られるたびに自信を深めたことを思うと、練習の成果をすこしでも発揮させてあげたい、また、ご家族様にその姿をご覧頂きたいと思っていました。
そんな気持ちの中、残念ながら1回目は降雨で中止。さらに、翌週の2回目までに様々なお願いをさせて頂きましたが、皆様が真摯にお応え頂き、ご協力頂けたからこそ、無事終了出来たものと改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。
特に今回、会場内テント等の場所取りを、子どもたちの抽選による整理券方式にさせてもらうと、多くの皆様からご賛同の声を頂き、心強く感じました。そして、朝の整理券方式での入場・場所取りもスムーズに終え、正直、教職員一同安心しました。この間、ご理解、ご助言、ご協力、本当に助かりました。感謝!!
『奪い合えば、足りない、譲り合えば、余る‼そして、みんなが楽しく過ごせる‼』と言う言葉が、浮かんできた運動会の朝でした。子どもたちが育ち、私たち大人も育った運動会になったような気がします。ありがとうございました。

≪情報処理力から、情報編集力へ≫
2003年「都内義務教育初の民間校長」となったことで注目を集めた藤原和博先生。現在は「教育改革実践家」として幅広い活動をされ、今後の社会についてお話しています。大変興味ある内容で、ご参考になればと思い転載します。
着実に進行している「人の仕事がなくなる」という流れの中、今後、処理的な仕事についてはどんどんロボットやAIが担うようになっていくことは間違いありません。
そう言う未来社会に生きる、今の子どもたち、親への藤原先生からのアドバイスです。
------------------------------------------------------------------------------------------------
【子供の頃に遊べてない人間は、将来的に伸びない】
ただ、断言できることがひとつあります。それは、「10歳くらいまでのあいだに思い切り遊べていない人間は、将来的に伸びない」ということ。これは、「情報編集力が伸びない」と言い換えてもいいでしょう。情報編集力とは、直面する問題に対して自分や他者が持つ知識、経験、技術を組み合わせて多くの仮説を立てる力のことです。あるいは、ブレストやディベートを通じて他人の脳と自分の脳をつなぎ合わせて脳を拡張することで解決策を探っていく力といってもいい。その情報編集力こそが、答えがないといわれるこれからの時代には重要になる。
【塾や学校の勉強ではなく遊びのなかでこそ育つ情報編集力】
そして、この情報編集力は、じつは遊びのなかで育っていくものなのです。遊びには決まった正解などなく、想定外のことも二律背反のことも起きます。遊びに出かけて急に雨が降ってきたのなら、そのなかでどう遊ぶかと考える必要がある。あるいは、同級生と遊びに出かけたお兄ちゃんに小さい弟がついてきてしまったら、遊びのルールをどう変更すれば誰もが納得できて楽しめるのかと考えなければならない。その場のあらゆる状況を踏まえて仮説を立てる情報編集力が問われるわけです。

 
学校や塾の教育では情報処理力は高められても、情報編集力はなかなか鍛えられるものではありません。情報処理力ばかりを高めた子どもが、結果的に受験や就活をうまく勝ち抜いて東大に入ったり官僚になれたりしたとしましょう。でも、情報編集力が育っていないままなら、そこで「終わり」ということにもなりかねません。
なぜなら、それはつま先立ってなんとか東大に入ったり官僚になれたりしたというだけで、その後の伸びしろというものがまったくない状態だからです。そういう子どもは、情報処理力偏重教育の犠牲者ともいえます。「人生100年時代」なんていわれる時代に、大学に入学したり就職したりした途端に伸びが止まってしまったら、残りの人生をどう生きていけばいいというのでしょうか?
子どもを犠牲者にしないためには、人生の後半に向けてぐっと伸びていける情報編集力を身につけさせてあげるべきでしょう。そのためにも、幼いときから子どもを受験戦争に放り込むのではなく、たっぷりと遊ばせてあげることも考えてほしいのです。
『僕たちは14歳までに何を学んだか 新時代の必須スキルの育み方』
藤原和博 著/SBクリエイティブ(2019)
------------------------------------------------------------------------------------------------
 
確かに、遊びは、情報編集力を育て、学びを蓄積していると思います。ご参考まで。 

園長だよりvol . 212 (2019.10.31)